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魔物化が進むと不思議と魔物に襲われなくなった。最初はただの奇病とされていたが魔物から襲われなくなるので魔物化と呼ばれるようになった。誰でもお構いなしに襲ってくる魔物が居るので全ての魔物に効くわけではない。しかし健常者は魔物化した人を恐れるようになった。
そして魔物化した者の中には魔物を従える力を持つ者が現れるようになった。といってもゴブリンの様な低級の魔物が中心になるが中にはそれ以上の強さの魔物を操る者が出てきた。
ただ魔物が強くなればなるほど扱いは難しくなった。それに魔物自体は知能が低いので操るといっても簡単な命令のみで複雑な命令は受け付けない。
始めの内は操っている魔物同士が喧嘩をして戦力としては使い物にならなかった。しかし試行錯誤を繰り返す事でなんとか軍として扱えるようになっていった。
最初は魔物人だけだった魔人軍は次第に魔物の数が増加していった。それでも知能の低いゴブリン等は食料を与えないと暴れだすので短い期間しか維持できない。
ゴブリン自体は弱いので壁にすらならない。それでも弾除けがあるのとないのとでは違うし、何よりゴブリンを並べるだけでも威圧感がある。魔物化して遠距離攻撃や魔法が使えるようになった魔物人にはゴブリンは無くてはならない必需品だ。
最初は使い捨てだったゴブリンだが、生き残った個体が強くなっている事実に気が付くと大事に維持するようになった。経験を積ませるとゴブリンでも練度が上がった。
ゴブリンの食料は野生のゴブリンだ。同格の相手と争う事で経験を積めるし、何より周囲の魔物の掃除にもなる。食費も浮くし良い事尽くめだ。
ゴブリンには樹海の食べ物は絶対に食べさせてはいけない。最初の頃に樹海の食べ物を与えたら急激に強くなってしまって言う事を聞かなくなったのだ。魔物は人よりも樹海の食料を食べた時の成長、汚染が早い。気性も荒くなるので早い内から樹海の食料は与えないようになった。
荒れに荒れている超大陸ではあるが、エルフ達は最初から最後まで一切手を加えていない。星外生物を探し回っていたら坂を転がり落ちるように超大陸が戦乱の世になっていただけだ。
ドワーフが魔石弾の小型化に成功した事もあってエルフ達は初めて積極的に超大陸に関わっていこうと決意した。
長老族の決定によってマサモリの超大陸行きが決まった。そしてマサモリはついでに魔人軍加入の要請も受けた。ボタンを含む忍者エルフ数人がマサモリの護衛として同行する。
しかし魔人軍に加わるにしては頭数が足りない。マサモリの目標は魔人軍に加入して村なり町なりを任される地位に着く事だ。その為には自分の戦闘集団、軍を持たなければならない。
一兵卒から始めるよりもその方が断然出世が早い。マサモリはダメ元で求人を出した。駄目なら忍者に分身してもらって水増しする予定だ。やる気のない人を連れて行っても可哀想なので連れて行く気はない。
マサモリは一月は待つつもりで居たがすぐに応募が来た。冷やかしかなと思いながらもすぐに面接をした。
マサモリは静岡村の公民館の一室を借りて応募者を待った。超大陸にはボタンも一緒に行くので面接にも参加してもらう。マサモリとしては本人にやる気があるかだけのチェックで良いと思っている。
今回募集したのはモブエルフだ。モブエルフは頭数の水増しには最適な能力を持っている。一人のモブエルフが百人以上のモブを生み出せる。モブエルフは戦力としては高くない。しかし人数を圧縮できるという利点がある。
人が少なければ少ない程、撤退がしやすい。それに超大陸人との戦いなので戦力が高すぎても無駄になる。餅は餅屋、モブはモブエルフに頼むのが一番だと判断した。
戸を叩かれる音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
緑髪、緑目の服装も顔も地味な女性のエルフが入室してきた。だがマサモリはそのエルフの目を見た瞬間に嫌な予感が背筋に走った。
「よろしくお願いします」
「どうぞ、座ってください」
女エルフが着席した。
「今回は大変な任務を志望してくれてありがとう。俺は源エルダー白川真守」
「私はモブエルフです。モブやモブ女などの好きな名前で呼んでください」
「モブさんは確か出島村へのモブエルフ申請もしてくれてたよね。志望動機について教えて」
出島村に来たがっていたモブエルフは彼女だった。履歴書を見た時に見た事がある顔でマサモリは驚いた。
「はい! 覚えて貰えて光栄です。私の志望動機はマサモリ様ぁが主役だからです」
「?」
「現在、エルフの森は未曽有の危機に瀕しているのです。その中でマサモリ様ぁはなんか時代の最先端を行ってますよね」
「俺は主役じゃないよ。どちらかと言えば脇役だ。俺より強い人はごまんといる」
「私が求めているのは私を踏み台にしてくれる人なのです。モブとは常に死ぬ行く者。時代の脚光を浴びず、静かに誰の記憶にも残らずに散る。それがモブなのです。モブが目立っちゃ駄目なんです。ただひっそりと消えゆくのです。最高じゃないか! でもでも、ただ消えるのは悲しいです。つまり大義が必要なんですよ。歴史の中では主役となる人物以外はモブに成り果てます。しかしそんなモブ達も一人一人が人格を持って、歴史を持って生まれてくるのです。それが圧倒的な時代の流れに翻弄されていく。くっ、考えただけでテンションが上がってきます。出来れば私の事は、端女とかお前とか下女と呼んでください。道具を扱うように対応してくれると最高です。いや、そうしてください。もちろん私の名前なんて覚える必要もないのです。だって私はモブだから……。主役にとってモブは影のような存在なのです」
「俺は長老族の決めたレールに乗っかているだけで大したことはしてないよ」
「そうだとしても違うんですよ。本当にレールに乗っかってる人とレールに乗っかているように見えて周りを振り回している人とは違うんですよぉ。マサモリ様ぁはなんかこう物語を動かす的な何かがプンプンと香ってきます。マサモリ様ぁについていけば数百年位は遊べると思います」
「様はよして。まあ、多少の我儘は通させて貰っているけどそれは許容範囲内だからだ。一緒に行動したら幻滅すると思うよ」
「いえいえ、私が幻滅される事はあっても私がマサモリ様ぁを幻滅する事はありませんよ。むしろ私を犠牲にするのです。犠牲が出た時には後から尊い犠牲とか飾って言います。違うんですよ、尊くないんですよ。言葉を飾っているだけで犠牲は犠牲なんですよ。もっと雑に、適当に、あっけなく死んでいく命なんです。ふほおおおおおお、ゴミのような人生が英雄達に踏みしだかれていくー。踏み台も踏み主を選ぶ。主役が輝けば輝くほど、影の部分は忘れ去られていく。最高じゃん。モブエルフってその能力の難易度と能力を習得した時の利用価値が全く釣り合っていないんですよね。私は人生をかけて弱くなっているのです。普通の生活がしたいならこんな事をしないで普通に鍛えればモブエルフなんてすぐに倒せるんですよ。鍛えれば鍛える程、弱くなる。ああ、素晴らしい。ヒエラルキーの最底辺に命をかけて成り下がる。それがモブエルフなんです。違う違う、自己犠牲じゃないんですよ。犠牲ってのは自分の大切なものを大義の為に捧げる行為です。私達は積極的に差し出しているんです。はっきり言って趣味です。ご理解頂けたでしょうか? 我々は主役の奉仕者なのです。最近ではモブの真の意味を理解していない不届き者共が増えています。しかし私が本当のモブエルフを見せてやりますよ!」
「うん、よく分からないけど採用。三日後には超大陸へ向かうので準備をしておいてください。詳しい話しはまた明日します」
「はい! ありがとうございます。粉骨砕身で頑張ります」
モブエルフは意気揚々とスキップしながら帰った。
「素直な良い子ですね」
「えっ」
ボタンの発言を聞いたマサモリだが深く考えない事にした。理解できない物は理解しない方が良い。どうせ理解しようとしても理解できないからだ。