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何故マサモリが再び超大陸に来たのか、何故魔人軍に入ってしまったのか。それは様々な要因が折り重なった結果である。
マサモリが再び超大陸に戻った理由は複数ある。免疫獲得の継続、超大陸の魔石の回収、超大陸のエルフの保護、一番大きいのはエルフの森が超大陸に対して危機感を自覚してしまった事にある。
ジェルセ結界とエルフが契約した事で迷いの結界が使えなくなった。迷いの結界は黒船のような特殊な事例は防げないが、それ以外の場合はしっかりと機能する。それがエルフの森の住民の心の支えとなっていた。それを失った恐怖は計り知れない。
東京村は超大陸の戦士達を捕らえる為に未だ封鎖されている。最初は皆殺しにしていたが時間が経って余裕が出来ると生け捕りにするようになった。そこで問題が発生した。
生け捕りにした超大陸人を調べた所、様々な未知の細菌を持っていた。最初に黒船の乗組員を捕まえた時にも同様の検査を行ったのだが、未知の細菌の量が多すぎた。
捕らえる度に新しい細菌が見つかり、それらは常に進化している。樹海に入ってきて負の魔素と合体して新たな進化を遂げる場合もある。医者達は揃って目を剥いた。
今回のナツメの件でも未知の細菌が見つかり医者達は膝をついた。そこまでなら現時点では影響は少ない。超大陸へ向かったエルフ達はしっかりとした身体検査がされて病気などに掛かっても治療されてからエルフの森に戻る。
出島村が隔離病棟じみた扱いを受ける事になったが厳重に管理しているのなら仕方が無い。今までに忍者エルフが超大陸に潜入していたが、最近対策はしっかり機能していて超大陸から変な病気が持ち込まれたケースはない。しかし今回はその状況をひっくり返す事態が起こった。
ジェルセ結界に魔力を捧げるようになって数か月経つと、突然子供が生まれやすくなった。今までは一組の夫婦が子供を産む間隔は早くて十年、遅くて数十年に一人のペースだった。
長老族になるとその数倍以上の時間が必要だった。それが雨後の筍のように増加した。当然、エルフの森は歓喜の渦に巻き込まれた。ただし、ジェルセ結界に魔力を捧げるようになってから生まれた子供はそれ以前の子供に比べると魔力がとても少なかった。
しかしそれでもエルフ達は子供が大好きだったので涙を流して喜んだ。新しい世代の子供達の事を新世代と呼ぶようになった。新世代の子供達は魔力がとても少ない代わりに魔力の回復速度が上がった。
旧世代が使えるような魔力を大量に使える魔法が使えなくなったが、それを補って余りある継戦能力を手に入れた。親にとってはそんな事、どうでも良かった。ただ、子供が生まれた事を素直に喜んだ。そこで先程の話しに戻る。
超大陸人は未知の細菌を大量にエルフの森に持ち込んだ。エルフ達は小熊を守る母熊と化した。そして超大陸の病気に対する予防接種が強く望まれるようになった。
子供は生まれてから半年の間は母親の持つ免疫を受け継いでいる。その間に予防接種をするのでワクチンの開発は急を要している。
それに加えて病気にかかった時の為にマサモリの血から作る治療薬が渇望されている。マサモリはエルフの森の赤子を持つ親達の救世主と化した。
マサモリが超大陸へ戻った理由はそれだった。そして細菌の確保も目的に含まれている。細菌の確保だけなら忍者エルフが今まで細々とやってきていたのだがマサモリが出向けばそれだけで新種の病気に対する免疫を得てくれる。
マサモリが自分の血を売りに出せばあっという間に金持ちの仲間入りである。しかしマサモリは寄付するつもりなので全くお金を受け取る気はなかった。
本来なら超大陸の安全な場所で免疫を獲得すればいい。しかし細菌の恐ろしい所は常に進化し続けている所だ。その進化の最先端を走っているのは超大陸で魔物人と呼ばれる人達である。
人が樹海の食べ物を呪いを祓わずに食べると体が魔物化する。そうなった人の事を超大陸では魔物人と呼んでいる。魔物人は普通の人とは違った多種多様な進化を遂げている。
しかもその速度がとても速い。それによって細菌も凄まじい速度で進化している。マサモリが魔人軍と呼ばれる集団に参加したのはその為でにもあった。
魔人軍に参加する事で副次的に得られる利益は多岐にわたる。一番大きい利益としては新しい敵を生み出した事だ。エルフ達が何もしないでも超大陸の人々は好き勝手に殺しあっている。
共通の敵が存在しないから隣人が敵になる。魔物人の多くは貧しい人達が食うに困って樹海の食べ物を口にした。彼らは超大陸で生存競争に負けた敗者なのだ。
彼らには自分達を追い落した普通の人間達に対する深い憎しみがあった。魔物人達は怒りに任せて近くの村や町を襲っていった。それを見て、エルフはそれに乗っかる事にした。
今までエルフは超大陸に出来るだけ干渉しないでいた。しかしそうも言っていられない事態が発生したのだ。魔石弾の小型化が成功した。完成してすぐに忍者エルフによって制作者であるドワーフは殺されたので魔石弾の小型化は広まっていない。
しかしドワーフの開発力は超えてはならないラインまで到達していた。開発者を殺した所で時間が経てばまた他のドワーフが開発するだろう。エルフは重い腰を上げたのだ。
そこで優秀なドワーフの暗殺計画がスタートした。しかし優秀なドワーフの数は多いので開始すればすぐに周りにバレてしまうだろう。魔人軍はその陽動に持ってこいだった。
そのうえ、魔人軍の成長如何によっては魔石の採掘地を抑えられるかもしれない。長期的な目標としては超大陸にある魔石を減らすか、採掘場所を抑えたい。
超大陸のエルフの生存場所を作るという側面もある。魔人軍が大きくなって村や町を支配するようになれば救出したエルフを匿える。現在ではエルフの逃げ場所が全くない。このままでは超大陸のエルフは絶滅してしまうだろう。
町を襲う時に他の魔物の隙を付いて囚われているエルフを救出する。救出するだけなら簡単だが安全な住処が無いといたちごっこになってしまう。
マサモリが魔人軍の参加に了承したのは自分の目で見て、大丈夫そうなエルフが居たら出島村に引き取ろうと思ったからである。長老族で決定したからにはマサモリが参加しなくても別の誰かが任務を遂行するだろう。
ならばマサモリ自身でやった方がましな収め方が出来るかもしれない。マサモリはそう思ったのだ。それにマサモリが村長で居られる期間は制限がある。マサモリは出島村に愛着があって村長を止めるのは悲しいのだが、将来的には東京村を継がなければならない。
いくらエルフの寿命が延びたからと言ってもエルフの森の最大の人口を擁する東京村の後継ぎを宙ぶらりんにしておく訳にもいかない。マサモリが村長でいられる時間は限られているのだ。だから村長である内に出来る事はやっておきたい。