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「結論を言うと銃は現時点ではまだ未知数。どんな発展を遂げるか要注意。エルフを殺しきれる威力を手に入れる可能性が高い。数か月前まではエルフにとって吸魔石の銃弾が非常に有効だった。しかし現在では無効化されている。魔石弾の威力はなおもエルフにとって数少ない一撃死になりえる。出来るだけ避けた方が良い」
「銃には他の武器にはない大きな欠点がある。銃が増えれば増える程、利便性に釣られて全体的に人が弱体化する可能性が高い。あと、簡単に人を殺せるようになって超大陸の人口が減るだろう。弓だったら個人の成長が弓の威力の向上に繋がる。だから技術を高めようとする。銃は個人の成長が威力の成長に繋がりにくい。銃を当てる技術を習得したら半端な相手には楽に勝てるようになる。よって個人の成長が止まる可能性がある」
「銃は進化の可能性を分断するだろう。武器は強くなるが人は強くならない。銃だけが進歩していくだろう。ある意味、超大陸にはうってつけかもしれない。ただ、エルフが銃の進歩に追いつかれないかだけが心配だ」
「銃に支配されないのであれば、銃は魔力の節約には良い武器だ。ただ樹海の魔物相手には火力が足りなくて意味がない。魔石弾は強力だが高価だ。技術の進歩で人工魔石弾が作られたら、脅威になるな……」
「弓は鍛えれば鍛える程、上達する。極めると矢をつがえた瞬間に目標に当たった姿が見えるようになる。そこまではいかなくとも樹海の樹に当てない程度にはしっかり鍛えな」
弓婆の話しが終わった。マサモリは吸魔石の銃弾で撃たれたが、痛みに対する訓練をしていたので対処は可能だった。しかしハナエの様な戦い慣れていない人にとっては有効だろう。
痛みに慣れていない、突然の事態に対する訓練をしていないと思考をかき乱されて動けなくなる。魔石砲弾の威力の数分の一でも、突然喰らったら対処が難しい。
砂漠で砂船が町に魔石弾を撃った時のようにされたらエルフだって対処は難しい。その前に気が付くだろうが既に一回黒船の奇襲を受けている。瞬間的な火力だけなら超大陸の人はエルフに届きうる。砂漠の一件を思い出すとマサモリは一笑に付す事は出来なかった。
弓婆達はたった数人で全国を回っているので予定が詰まっている。弓婆が来ると知って急いで拡張した弓道場ではすぐにエルフ達が弓を射って弓婆からの助言を受けている。マサモリ達も同じように真剣に弓を射った。しばらく訓練をしているとマサモリ達の順番になった。
「魔力矢を撃ちな」
「はい」
シラギクが普段通りに弓を射った。
「嬢ちゃんは属性魔法が不得意のようだね。だが強化魔法は良く訓練されている。矢の強化と推進力増強の二つに絞って訓練しな」
「はい!」
魔力矢は魔力を矢の形状にする技術だ。矢が切れた時やけん制目的の時に矢の代用品として使う。物理的に矢があった方が射撃の威力は増すので本命以外の攻撃に使う事が多い。
属性魔法は絡まないのだが、弓婆には属性魔法が不得意だと分かったようだ。マサモリにはどうして分かったのか検討も付かない。
マサモリの順番になったのでシラギクと同じように弓を射った。
「特に目立つ所はないね。汎用性を高めて状況にあった魔法を選べるようになりな。目指すのは教科書通りの弓使いだ」
「はい!」
最後にがちがちになったナツメが弓を射った。
「噂のハーフエルフか。ふむ、風魔法による誘導を磨くと良い。ただ非力すぎるな。体を鍛えな」
「はいです!」
「お前達はまだ若い。体が成長しきるまでは無理に型を固めなくても良い。ただ、弓の訓練はしっかりしな。そして体の成長に合わせて少しずつ型を修正するんだ」
しっかりとした方向性を示された二人と違ってマサモリの平凡な評価に少しがっかりした。だが汎用性こそ正義である。いつ如何なる場合でも常に一定以上の成果を出す。一芸特化には及ばないがいぶし銀である。そう考えると今回の評価は悪くなかったな、マサモリはそう考えた。
最後に弓婆が弓術を披露した。出島村の近くで取れた鉄を製鉄して鉄球にする。それにマサモリが五重に結界をかけた。それを程よい高さに浮かせて的とした。
球形状を射るのは非常に難しい。芯に当てないと簡単に弾かれてしまう。その上、拳大の鉄球にマサモリが五重に結界を張ったので生半可な攻撃は結界一枚たりとも破壊できないだろう。
弓婆が深呼吸をして体全体に強化魔法を行き渡らせた。そして三メートルはある和弓にも強化魔法の輝きが宿る。弓婆がゆったりとした動作で和弓を構えた。そして放った。矢は一本の光の線となって鉄球に吸い込まれた。
「ほう、破壊するつもりだったんだけどねえ」
弓婆の放った弓が鉄球のど真ん中に突き刺さった。結界を張ったマサモリとしては結界を破壊されただけで既に敗北なので悔しい事この上ない。感心されても全く嬉しくなかった。
「普通に体と弓を強化して矢を放ってもここまでの威力は出ない。私の場合は矢を放った瞬間に飛び出した矢を魔力でもう一回押し込んでいる。言うのは簡単だがこれを完璧に出来るのはエルフの森でも数人だけだ。まずは通常の射撃を極めてからの話しになる。しかしこれが出来れば弓の達人と名乗ってもいいよ」
拍手が巻き起こった。長老族でもない普通のエルフが結界を破るのは非常に難しい。しかしそれをいとも簡単に成し遂げた。武者エルフ達は達人の強さに感嘆し、弓術の奥深さを感じたようだ。
弓婆は全員の訓練が終わるとすぐに転移陣でエルフの森に戻っていった。短時間ではあったが実り多い体験だった。弓婆のお陰か、みんなが今までよりも熱心に弓に打ち込むようになった。
弓道場には常に弓を引く音が木霊していた。その熱に当てられてマサモリも弓と重量術を上手く組み合わせられないか試行錯誤したのだった。