消せないブックマーク
カチッ…カチッ…カチカチッ…。
マウスのクリック音が部屋に響く。真っ暗な部屋。シャッターを閉めていないにも関わらず部屋が暗いのは今が夜であることを示している。PCの排熱で少し暑くなった空気を入れ替えるために、窓をほんのりと開ける。外からはひんやりとして心地いい湿気を含んだ空気が流れ込んでくる。
しばらくするとちょうどいい塩梅で空気が混ざり合ったため、窓を閉じて再度画面に集中する。
カチッ…カチッ…カチカチッ…。
マウスのクリック音が耳に届く。ヘッドホン越しにも届くのは音楽が流れていないにも関わらずヘッドホンをしているからだろうか、それとも他の音がしないからだろうか。
検索エンジンのトップページにあるニュースを一通りチェックし終えたので、ブックマークに登録してあるサイトを巡ることにする。格納されている項目を展開すると、ズラッとブックマークが表示される。これだけ登録していても実際にいつも回っているのは数か所だ。
更新を確認するために、いつものサイトの名前をクリックしようとした。
「…っと。」
間違ってその一つ上の名前をクリックしてしまった。誰でもない自分のミスのせいで閲覧が遅れることに少しいら立ちを覚えながら画面を見つめる。
【404 Not Found】
画面には、既にそのサイトがないことを示すエラー表示がされていた。
「…潰れたのか。」
もう何年も訪問していなかったサイト。ブックマークに登録されている名前を見てみる。
「…こんなのいつ………。あぁ……。」
何時登録したかも忘れていたが、その名前を見て思い出した。今日みたいな深夜、同じようにネットサーフィンをしていてたまたま発見したサイト。自分の趣味と合うからといって登録したのだった。登録してから数日は頻繁に訪れていたが、サイト主も忙しいのか段々と更新頻度が落ちるにつれて自分も閲覧する回数が減ってきたのだった。
「…。」
カチッ。
その名前を右クリックすると操作一覧が出て来る。もうサイト自体が存在しないのだ。いらないブックマークを消さないとどんどんリストが長くなってしまって検索が面倒なことになる。カーソルを『削除』と書かれた場所まで動かし、クリックする。
【本当にブックマークを削除しますか?復元はできません。】
「……。」
カーソルを動かす。
「……。」
思い出が蘇る。これを見ていた時の楽しさを。何を見て、何を思ったのかを。今回たまたまブックマークを押したから思い出せたこの気持ち。もう消してしまったら思い出せないのではないか。思い出せなかったら、それはもう存在しなかったということにならないのか。
「……。」
たかがブックマークを一つ消すだけで我ながら優柔不断であると呆れるが、人差し指は力をこめたがらない。
「はぁ…。」
カーソルを動かして【いいえ】をクリックする。何とボタンが軽いことだろう。きっとこうしたかったのだ。
「ま、いいか…。」
こうしてまたネットサーフィンを再開する。増え続けるブックマーク、消えるサイト。だがブックマークは消せない。楽しかった昔を、忘れてしまう気がして。