71話目 社長は殺しまくりたかった(殺したいとは言ってない)
(ありがとうございます、女王様)
あたしは、ゆっくりとプライベートルームの椅子に座った。
(女王バチからも、ねぎらった方がいいですか? 芝の女王こそお疲れ様って)
(ホホホ、妾はヤワではない)
(あー……今日は23戦でしたっけ。昨日100連戦でしたもんね)
(左様じゃ。――なれど、妾の123戦目がお主と分かったときのぉ、少しイヤな予感がしたわ)
(え、なんでです?)
(チンチロという、ダイスを3つ振るゲームがあるんじゃが、123は必ず負けるんじゃ)
(ほほ~。それじゃ、ジンクス成立ですね)
(まったくじゃな)
イシュタール女王は苦笑した。
(それにしても、シャボン。【死の群れ】……お主はメリッサと呼んでおったが、よく仕上げたのぉ)
(ふっふっふ。あの子たちを製作したのは、凄腕の職人ですから)
(ん? いやいや、モチロン良い造型じゃったが……関節をピンポイントで狙って《麻痺》させるなど、最初は冗句かと思うたわ)
(あー)
修行の成果が炸裂したわね。
(アレは女王様、油断してるなーと思いました。最初の2回の〖オーメン〗と、そのあとダイスいっぱい持って弾いてきたときは)
(うぅむ、【絶滅】はのぉ……。巨大な竜か、あるいは脱法ユニット用だったんじゃ。メリッサに使い切らされるのは、ほんに予想外じゃったわ)
今の女王様は、口調こそ維持してるけど、威厳とかはオフ状態ね。気のいいお姉さんって感じ。
(シャボンはユニットを、どういう風に操作しておったんじゃ?)
(んーっと、普通に「自分で刺すような感じ」でプスプスと)
(なんじゃと!? お主、オートとかはせんのか!?)
(途中の移動は任せてますけど、細かい所は自分で指示した方がいいですし)
(4体じゃぞ!?)
(そこはもう、気合いで)
(――お主、マジでスゴいの)
お、女王に驚かれた。フフーン、ちょっと慢心しちゃおっかな。
(ところで女王様、お願いがあるんですけど)
(フム、なんじゃ)
(あたし、勝ちましたよね?)
(ホホホ……どんな厄介事じゃ。申してみい)
(えっと。――イシュタールって、呼んでいいです?)
(なんじゃ、そんなことか。好きに呼ぶがよい)
(分かりました。ンじゃ、イーちゃんで)
(ブフッ!)
お、イーちゃん吹き出した。中の人ってば、笑い上戸ね。
(ま……まあ、好きに呼ぶがよいぞ)
(じゃあ、イーちゃん。特技の【二重魔法】についてだけど、聞いていい?)
(きゅ、急になれなれしく来おったな……むう)
コホンと咳払いして、イーちゃんは無理矢理「イシュタール女王」に戻った。
(妾は【エコー】に使ったが……それなら最初から、〖オーメン〗に使えば良かったのでは、という話じゃろ?)
(うん。マックスで撃つと36点でしょ? 【二重魔法】で72点。必殺だと思うんだけど)
(ホホホ、もちろん調べたわ)
(そしたら?)
(脱法呪文には使えなんだ。――社長め、しっかり作っておったわ!)
あたしたちは笑った。
(ですよねー! あの社長、妙なトコロにこだわりがあるし!)
(おう、そのクセのぉ! ガバガバな設定もあるじゃろ!)
(え、ドコドコ!?)
(【二重魔法】じゃがのお、今は空き30枚必要じゃろ? マホロバ開始時点では「空き1枚」だったんじゃ!)
(――え?)
ちょっと待って。空き、30枚?
(イーちゃん……あたし、ソレ知らない)
(なんじゃと!? お主、マホロバに来て日が浅いのか!?)
(エヘヘ……実はそうなの)
(ええい、何から何までデタラメなヤツじゃのお! よいか!? 【二重魔法】は正誤表が出ておるから、キチンと見るがよい!)
(イエス、マム!)
エラッタ確認は大事なのね。シャボン、覚えた……(1日ぶり2度目)。
(【二重魔法】はのお、カードの条件には「スロットに空きがあること」としか出てないのをいいことに、長い間それで通しておる! ほんにこの世界はヒドいんじゃ!)
(ひえ~……社長を倒す案件が、まーた増えちゃったわ)
(ホホホ。そのときは妾にも連絡してほしいぞえ。【二重魔法】の30枚抜きは、かなり大変じゃったから)
(OK!)
敵を倒して仲間になる。――うん、なんて王道なのかしら!
(にしても、怖いわねぇ。カードの文字は合ってるのに、効果は違うとか)
(そうじゃの)
まるっきり、サギの手口でしょ。
(ねえねえ。それなら、カードの文面を変えればいいんじゃない?)
電子上のやりとりだし、楽勝のハズよね。
(ぬ、むう……)
ん? 妙に歯切れが悪い。
(仕方が無かった面も……あるでのぉ)
女王様は、とっても辛そうに答えた。
(じゃが、そのおかげで、妾も〖オーメン〗を出そうと踏ん切りがついたのじゃ)
(え、どういうこと?)
(考えてもみい。こんなダメージ呪文が作れると分かったら、マネする輩も出てくるじゃろ? マホロバ・リアルの方でもな)
(あー……)
あたしは顔を伏せた。
そうよね。マホロバ・リアルでは、〖オーメン〗のせいで死ぬ人が出るかもしれない。
(でも、女王は世に出した)
(そうじゃ。最大で撃つなら、マホロバ・ライトに来るしかないからのお)
(31点ルールね)
(左様。――妾は、ライトを活性化させることで、自然にリアル側を衰退させたいのじゃ)
あ。それってマサカ。
(女王様は……ざまぁ団?)
(当たりじゃ。1人で支部をやっておるわ)
イシュタールは笑った。
(何か行動を起こせば、悪用する輩も現れおる。失敗すれば大バッシングじゃろう。――それは、今の社長がよく示しておるわ)
(殺人鬼呼ばわりね)
(そうじゃ。4.3事件は確かに悼ましかった。じゃが、社長がワザと殺したと思うておる輩の、なんと多いことか)
(本人が、メチャクチャ殺したがってたもんね)
(うむ。されど、社長はのぉ……そんじょそこらの殺人鬼とは違ったんじゃ。――いいか? あやつがのお、1回殺すダケで満足するヤツだと思うか!?)
あー。
(思わないわ)
(じゃろう!?)
嬉しそうに勢い込んだ女王は、すぐに、深々とため息をついた。
(妾はのぉ……。社長が誤解されとるのが、口惜しいのじゃ……)
なるほど。その考え方、すっごい分かるわ。
だって、マホロバ初日から、スカーレットちゃんに何度も焼かれたもの。
イシュタール女王は、マホロバ・リアルの初日に、参加したくて参加したくて、でも、どうしても別の用事があって参加できなかった、ガチ勢だったのね。
(妾たちはのお……本気の殺し合いを望んでおった。社長はそれに答えたダケじゃ。――じゃが、正確に言えば、妾たちの誰も、それを望んでなぞおらんかった。「再戦できる殺し合い」が良かったのじゃ)
ああ……。
社長は、「自分たちの願いに答えたダケ」。
――女王様も、罪の意識を背負ってるんだわ。
(んんんー、よっし!)
あたしは明るく振る舞った。
(イーちゃんの本心は聞かせてもらったわ!)
(――シャボン?)
(イーちゃんは……ツンデレ女王ね!)
(はぁ?)
(だって、社長を倒すことに賛成したイーちゃんなのに、実際はめっちゃ尽くそうとしてるし! 情け深い女だわ!)
(ちょ、ちょっと待つのじゃ!)
(え、何か反論でも?)
(大ありじゃ! そもそも、妾は男じゃ!)
(ありゃま、そうなの!?)
(ええい、確率を考えい! 当時はもっと社長がエゲツなかったからのお! あやつと戦っておったおバカな男女の比は、9:1ぐらいじゃったわ!)
(ほへー。社長の格好は、今みたいな青髪ナマイキ少年?)
(いいや、雪だるまのキャラじゃった)
へ?
(ナゼに?)
(バンバン雪だるまの頭を飛ばしては、返り血で真っ赤に染まるのが楽しかったらしいぞえ)
(ひゃー)
(ついたアダ名が「惨犯マン」じゃ)
ははは、乾いた笑いしか出ないわ。当時から尖ってたのね。
でも、確かに何回も殺したかったんだわ。
あたしのことも、10000回殺すとか言ってくれちゃったしね!
(ねえ、イーちゃん。いま1人支部でフリーなら、あたしがしょっちゅう遊びに寄ってる所に来たらどう? イーちゃんの腕なら、大歓迎されると思うわよ?)
(お主だけなら、少し考えたが……群れるのはキライじゃ)
(でも、いい人たちよ?)
(ホホホ……。そこの喫茶は、コーヒー豆の代わりに、企業の匂いがするでのお)
(あー)
それは否定できないわ、うん。
ガチ勢としては、大会社と仲良しこよしってのは「違う」ワケね。
(じゃあ、次に会うときは、また敵?)
(あるいは、味方かものぉ。大バカ者が出たときは、こっそり行くやもしれぬ)
(フフッ、やっぱツンデレだー)
(ぐっ……! で、では息災での、シャボン。さらばじゃ!)
あ、逃げた。くふふ、押されると弱いツンデレ女王だわ。戦闘ではとっても強いガチ勢なのに。
そう……イーちゃんはフツーの一般人。
あの人の目指す方向とは……わりと同じな気がするわね。




