31話目 大地の竜「ビルは飛んでOK、人はダメ」
しょんぼり降りていくクマたちをニマニマ見てると、視界の端に、銀髪のマーメイドちゃんがいた。
あーっ、見つけたわ!
「おっちゃん!」
「シャボンか」
空からおっちゃんに飛びつく。
「も~、あんまり隅っこの方にいるから、気付かなかったわ」
「ハデなのは嫌いなんだよ」
そのわりに、参加はしてたのね。
「積もる話は後だ。今は新呪文を聞こう」
「ええ」
あたしは社長に向き直った。――うん、おっちゃんの位置は、最前列の端っこ辺り。見やすいわ~。
社長は、クマ退治のざわめきが収まったのを見計らってたみたい。
「さてと。名残惜しいが、次でラストだ。【大地の竜】だぜ」
茶色のカードを掲げてみせる。その途端、グラグラと地面が揺れた。――おっとと。
「シャボン、大丈夫か?」
「ありがとう、おっちゃん」
んー、地震? なんでVRで?
スグに誰かが叫んだ。
「みんな! 後ろを見ろー!」
スッゴい切羽詰まった声。
慌てて振り向くと、西口の魔法陣の上には、焦げ茶色の巨大な竜が。
『ドギャアアアアアアース!』
ぶはっ!
え、ココ洞窟じゃないわよ!?
歩みは遅いけど、1歩ごとに地震が起きる。半径10mぐらいかしら、道路のアスファルトがベリベリめくれてく。
「うぎゃあー!」
ウゲッ、竜の近くの人が巻き込まれた! ウソ、あの揺れってダメージ受けるの!? みんな大パニック!
「シャボン、竜から離れるぞ!」
「ええ!」
おっちゃんと必死になって逃げる! あ、社長いないし!
みんな、スゴい怒号とともにビルの扉叩いてるけど、開かないみたい。――おにょれ、自分だけ安全地帯とは。
『ハッハー! 見て分かると思うが、大地の竜だ!』
スピーカーの音声に、改めて殺意がわいたわ。
『いっや~、あんまりお前らがダンジョン探しに苦労してるモンだから、ちょいと呼び寄せちまったぜ! 俺っていいヤツだろ!?』
はーい、ウソウソ。大量殺戮を楽しむ絶好のチャンスだからでしょ?
アイスも頭をかいてた。
「くそっ……前回なかったから油断した」
あー、きっと警戒されてると思って、先月はガマンしたのよ。今月は大爆発ね。
逃げ遅れた人の悲鳴が聞こえる。うわ、竜のシッポに叩かれたり、あるいは踏まれたり。うーん、ムゴし。
あたしとアイスは、本社ビルの脇にいた。
ふう……さすがにココなら安全でしょ。
『おーい、ビルの近くにいる奴らー!』
何よ、クズ社長。
『本社は壊れねえとかいうメタ読みは却下だぜ? 今からちょいと、動くんでよお!』
はぁ? 何言ってんの?
ズゴゴゴゴ……。
「え」
社長の入った巨大なビルが、空に向かって動き出した。
「ええーっ!?」
ゴォオー……。
ロケット噴射みたいな炎を出して浮上してく。
『じゃあなー!』
うわー、カル~いお別れ。――あ、見えなくなった。
跡地には、紫色のオーラを放つ、巨大な魔法陣がポツンとあるだけ。
「何コレ」
ワープ装置? ひょい。
「乗るな、シャボン!」
「え」
シュワァアア……。
ヤバッ! 社長の仕掛けにノーガードとか、あたしのバカ!
うあ~……前にも食らった感覚ね。あのときは、眠りの竜が相手で、マナの上限値が……。
「あ」
素早くステータスを見た。
マナ 5/5(8)
「やっぱ減ってるし!」
しかも、前よりヒドいんだけど! 社長のイヤがらせスキルはSランクね!
「大丈夫か、シャボン」
「ごめん、おっちゃん……。マナの上限が減らされたわ」
「――まあ、《強制変顔》や《呪いのヅラ》じゃなかっただけマシとしよう」
何、そのラインナップ! 聞くダケで寒気がするわ!
竜がドスンドスン音を立ててやってくる。
「シャボン、もうちょい離れるぞ」
「ええ」
新宿にファンタジーの竜って取り合わせに度肝を抜かれたけど、冷静になれば、動きはトロいから逃げるのはカンタン。――あ、今は土のかたまりを食べてるわ。
「よっし」
十分離れたし、竜をスキャン!
※ ※ ※
名前:アースドラゴン
攻撃:128
防御:256
速度:2
体力:512/512
マナ:128/128
特徴:《地震》《加重》《尻尾攻撃》《力場》
能力:【石つぶて】
無効:黒、青、赤、緑、銀、白
吸収:茶
※ ※ ※
おっと、脳筋かと思いきや、意外にもヒプノちゃんタイプね。
「――アラ? この竜、弱点なし?」
「ああ。だが、紫魔法は通用するぞ」
おぉー、本当だわ、おっちゃん。一瞬で把握するとか、さすがね。
被害者の会のみんなも、精神的ヨユーが出てきたのか、攻めるチャンスを窺ってた。どうやら、10人ほどで攻撃するみたい。
「――そういえば」
あたしは改めて竜のスペックを見た。――ん、やっぱりアレがない。
「おっちゃん。あの竜、《飛行》がないわね」
「だな」
「なら、《地震》を避けるために、飛んじゃえば無敵?」
「ううむ」
2人は顔を見合わせた。
「「アヤしい」」
ですよねー。
「ね~、絶対にワナよ」
「あの社長のことだしな」
「うんうん。飛んだらセーフみたいな優遇策、あるハズないわ」
「むしろ、カウンターで倒す気だろう」
そんなあたし達のやりとりをヨソに、被害者の会のみんなは、素早く飛んでいった。――うん、杞憂かもしれないモンね。考えるより突撃。嫌いじゃないわ。
【魔弾】をヒュンヒュン飛ばして、竜をどんどん削っていく。
『ドギャアアース!』
おー、スゴい勢いで削れてる。頑張れ同志! 悪のダンジョンマスターと戦う仲間だもんね、応援するわ!
シッポは射程外だし、岩みたいな【石つぶて】もみんなかわしてる。――あ、これ本当にイケるんじゃない?
その時、竜の鉤爪が茶色く光った。
――ナゼかしら、スッゴくヤな予感。
次の瞬間。
「うわー!」
ドサドサッ。
みんなが垂直落下した。
え? これってまさか……《加重》とかいう特徴のせい?
「う、うぐぐ……」
ヨレヨレのみんなに、竜が足踏みで《地震》ラッシュ! ウギャー、あれだけ与えてたダメージも全回復!? アーンド、相手にトドメとか! えげつないわね、社長のペット!
「く、くそっ……」
おっ、天使さんがもういっぺん飛ぼうとしてる。ファイト!
そのまま、フラフラと2mぐらい上がった瞬間。
ドサッ。
もういっぺん《加重》で落とされた。すかさず踏まれて死亡。
アイスが首を振った。
「ちっ……相変わらず容赦ねえな」
たしかにねぇ。ちょっと飛んだら、スグに《加重》とか。慈悲が無さすぎ。
――ん?
ちょっと、「飛んだ」?
2mの所で、《加重》したわよね?
ふむ……。
「ねえ、アイス」
「ん?」
「もしかして……地面スレスレを『飛べば』、《加重》も《地震》もしのげるんじゃない?」




