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召喚できない召喚士の霊戦記  作者: 鈴木 鈴
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序章

今までの改訂版です。もともとの部分も少し内容を増やしました。序章をひとまとめにしたので長いです。時間がある時にゆっくり読み進めてってください。

 その日、将来を約束されていた若き召喚士が突然姿を消した。

 事故だった…

 そこは信号のない交差点

 迫るトラック

 気付かない。召喚士としての昇格が決まったのだ。このことを一刻も早く母に知らせたかったのだろう。彼は舞い上がっていた。

 しかし、彼は母に知らせることができなかった。そして、次の瞬間、心と反比例するように体が舞いあがていた。

周りに広がっていた世界は何か術式を唱えたのかと思うほどにすべてが静止しているように見えた。

 そこで聞こえてきたのは走馬灯なんて洒落たものじゃなかった。

 どこか乾いているが喜びと憎しみを練ったようにねばねばした感情を含む声。

 コ・レ・デ・ボ・ク・ガ・シ・ョ・ウ・カ・ク・ダ!


 その時、鋭く鳴り響くクラクションの音と混ざり合うように金属音が僕を包み込んでいた。きっと、何か一つ過去を変えられるとしても、何か変えたとしても結果は変わらなかったのだと思う。僕の母さんにいち早く昇格を伝えたいという思いはそれだけ強かった。病気の母さん、召喚士によってかけられた魔法。そいつを治す、そしてそれをかけた召喚士をぶっ殺す為に最強を目指したんだ。母さん以外に伝えるべき人など思いつかない。

 【神息ノ構築者コンストラクチャー

 これが僕のオペジック(召喚士としてsランクに昇格したときに与えられる二つ名)だった。12歳という若さでの昇格。


召喚士界での期待も高かった。

 僕の特化は、どんな魔法術式でも瞬時に構築することができるというもの。

 しかし、もう過去の、だったという話だ。どんなに速く構築したところで発動できなきゃ意味がない。

 なぜか?

 魔力がない。否、失ったのほうが正しい。

 トラックにひかれ青い空に投げ出された僕の一瞬の判断、それはもっとも人間らしい判断になった。

 最後に見たのは召喚した僕のパートナーが僕の構築、発動した魔法によって散っていく姿だった。

 次に僕が目覚めたのは病院のベットの上、そして、僕は自分が魔力を殆ど失ったことを医師に告げられた。一生今の魔力以上に上がることはないそうだ。これが構築ができても発動ができないということの理由、命を守るということへの代償の大きさゆえだった。

 そこからの落ちぶれ方はまさに神速だった。今まで通っていた召喚士学校のランクは最低のFランクまで落とされ、名前までも恥だとされたため、二つ名とともに名前まで失った。死のうとも考えたが、あの時の術のせいで死にきれなかった。

 劣等生のその下、どこかもわからない暗闇を歩くことさえできず、ただひたすらに立ち続ける感覚が僕の心をえぐり続けた。世間からも忘れ去られ、取り戻す力も持たない、未来は僕には似合わない。母さんにも会えない。僕は…なんのために生きてるのだろうか?

 答えは見つからない。探そうとも今更思わない。

 僕はただ、普通の人間にもなり切れずに、それでもなお、息をするので精いっぱいだった。


~4年後~

 

 中学生活が終わりをつげ、今日から高校生活が始まる。

 僕が通う召喚士学校は幼稚園から大学院までが一貫になっており、国立であるため(国立かどうかは正直関係はないかもしれない)莫大な敷地面積を誇り、約1000平方メートルである。その中に、各グレードの校舎、ランクごとの宿舎、研究所、訓練施設、商業施設から、山、海まである。最新鋭の学園都市だ。

 どこか未来じみた人工島で日本の本土から少しばかり離れた太平洋に浮かんでいる。どうやら住所的には東京都に分類されているようだが、この島にいる限りはあまり関係のない部分である。

 この島にいる限りは本土へ行くことなんてそうそうないし、理由がそもそもない。ここにいるだけでも十分に、というよりも本土にいるよりも物資が早く届けられる。

 なぜなら、この島にいる人口の8割は召喚士だからだ。

 召喚士学校というところですでにこの島が召喚士のために創られた島だというのは安易に想像はできるだろう。

 それゆえに、この島はすべての人が術式が使えるという前提ですべての生活がなされている。 

 そして、その中でも最重要なこの島のルール。

 この学園都市は召喚士ランクが絶対的な権力となることだ。

 そのせいだ、僕が未来を奪われたのは。あれから僕は最低ランクで地獄のような生活をしていた。学校を休むことも許されず、かといって行っても上級ランクの奴らからいじめが待ってる。宿舎に帰ってからも、おんぼろの宿舎だ。壁には所々に亀裂が走り、それを隠すかのようにツタが壁を這っている。雨がふたら雨漏りするのはこの見た目からは当たり前だろう。虫や部屋の電化製品などについてはここまで話していれば言うまでもないだろう。そんな家で心が休まるはずがない。そして、そんな生活を3年も続けているが、高校からはさらに支援は手薄くなる。

 小・中までは法律上義務教育であるため最低限の生活は保障されていたが、高校からはランクによる配給が大幅に下げられ、宿舎もおんぼろから半ば廃屋のものに引っ越さなければならない。すでにあのありさまだった宿舎がさらにぼろくなるうえに、立地も山のふもと近くへと変わる。

 これからの生活の不安について考えていると、SHRの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。最低ランクの僕は入学式にも出席は許されなかった。この扱いはもう慣れた。誰も近づかないのが逆にありがたい。だからいじめに来るやつらは鬱陶しい。

 そして今日も、これから引越しだというのに絡んできやがった。

「無能さん、今日もお一人かい?」

いつもの3人だ。

「今日はどのような要件で」

悔しいが敬語を使わなければいけない。これを破ったらさらに底、罪人とほぼ同等となる。それだけは避けなければいけない。

 これ以上は落ちるわけにはいかない。あの時、なんのために自分の命を守ったのかがわからなくなる。

「あなた、明日ランク戦が行われるのはご存知?」

「?」

そんなのは聞いてないぞ。SHRでも一言もそんな話は出てこなかった。まさか。

「そうだな。お前、式に出てないもんなあ」

「はははははははは」

やばい。この世界での戦いは召喚が必須になる。そりゃそうだろう。この都市は召喚士の都市なのだから。

「あなたどうやって戦うつもり?あっ、サンドバッグになるから関係ないか」

「二人ともそれぐらいにしてやれ。サンドバッグに失礼だろ。それに僕らの大切な時間をこれ以上無駄にしたくない」

「確かに、じゃあ元オペジックさん明日、楽しみにしてるから」

そう言い残し三人は帰って行った。

 しかし、今の僕は彼らの言葉なんて頭に入らなかった。本当に今回は死ぬかもしれない。

 最低ランクの僕には退学を許されていないどころか戦いにおいて棄権も許されていない。ここで死ぬのか?せっかくこんなに我慢して生きていたのに。

 引っ越しどころではなかったが。僕は引っ越しの準備を進めることにした。僕の大切な私物が破棄されかねない。

 帰路に就いた僕は少し薄暗くなりつつある空を眺めた。その暗くなりつつある空はまさに僕の心を形容しているかのように思える。きっと真っ暗になる空は僕の未来を描いているのだろう。


 宿舎に引っ越しを終えたころには周囲は真っ暗になっていた。山のふもとということもあり、店と呼べるものはほとんどない上に街灯も設備されていない。さらに宿舎の明かりも薄暗い、落ちてからはずっとこれだったから慣れているはずだが、今日は普段よりも暗く感じた。こんなことがあってもいいのか。明日が一生来なければいいのに…

「あっ、ああああああああぁぁ」

気付くと嗚咽が漏れ、一筋の涙がこぼれる。

 こんなに頑張ってきたのに、耐えてきたのにここで終わるのか。未来がないのはわかっていた、それでも、立ちすくむ間に希望を捨てきることはできなかった。過去の栄光といえばいいのだろうか。一時でも最強を我が物にした経験からくるプライドがどうしても僕を普通の人間に戻すことを許さなかった。

 死を目前にしてプライドなんて頭が受け付けるわけもなく、僕はやっと普通の人間の立場を想像する。

「魔力がないと人というのはこんなにも無力なのか」

愚痴とも不満とも後悔とも言えない言葉。でも、これは正しくない。

 ただの諦めだ。きっと、能力のない人間でも圧倒的に僕よりも強くてたくましい。生きることをあきらめず、一派ずつでも進もうとするだろう。

「誰か、助けてくれよ…死にたくない」

弱音が漏れる。

 疑いようもない本心。もう死んでもいいと思っていた時もあったが、まだやり残したことが僕にはある気がしてしまう。

 こんなことを僕一人しかいないこの宿舎で叫んでも…

「強くなりたいのか?」

 ?

この宿舎には僕一人で

「聞こえてるでしょ?」

目の前がぼやっと輝き、同じくらいの歳の少女が現れる。歳は同じくらいだろうか。しかし、白く細く伸びる足は浴衣ですぐに見えなくなるが、腰のあたりで結んでいる紐の位置からすらっと伸びているのが想像できる。これについては腕から手にかけても同様の印象。胸は少しはだけた浴衣から谷間ができている。えろい。さらに、きれいに伸びた黒髪と整った清楚な顔立ちがまさに大和撫子。そんな雰囲気のせいか、僕よりも幾分か大人びいている。

「君、霊力すごいよ。だから見えてるのは知ってるんだよ」

「きっ、君はゆゆゆゆゆ幽霊!」

目をこするも少女は消えない。それに僕が霊力が強いだって?訳が分からなすぎる。焦りで見たらわかるだろっ!な質問をしてしまったが整理がつかない。

 どうすればいいんだ。状況が読み込めない。誰か説明を頼む。

「しょうがない。説明しますよ」

「あっ、はい」

言いくるめられた。彼女は僕の考えが読めるのか。

「丸聞こえです」

ほんとに聞こえてた。

「あなた名前ないんですよね?」

そこまでわかるものなのか。

「わかります。あなたの霊力が強すぎるせいで全部私に流れ込んできました。ということで私があなたに名前を付けます。あなたは今日からユウです」

「なぜ?」

唐突に名前を決められてしまった。

「私が幽霊なのでユウです」

「それはまた安易な」

「私の名前はあなたにつけてもらうことにします」

「じゃあ、レイで」

安易につけられたので、安易に付け替えしてやった。

「安易すぎませんか!」

やり返したらすごい反応が返ってきた。君が僕の名前を付けた方法だよ?覚えてないのかな?

「まぁ、いいかな。せっかく君がつけてくれんだから。私はうれしいよ」

彼女は顔を赤くしながら言った。これがツンデレか。

「ツンデレとか言ったな。でもユウだから許す」

おかしい。僕たちあてからまだ5分ぐらいではないか。こんなに接近していただろうか。

「ユウは今私とつながったんだよ。名前を付けあうことでユウと私の間に強い霊力のつながりができたの。私もよく仕組みは知らないんだけどネ」

こんなでいいのだろうか。

「まぁ、でもユウは明日死なないよ」

「どういうことだい?」

唐突に現実に戻される。しかし、今のメンタルの僕には十分にその言葉は光であった。

「自己紹介がまだだったね。私はレイ。この学園都市ができた当初に最強だった剣士です」

ずいぶんと正直な自己紹介だった。でもこれが僕に希望を与えた。


  とりあえず明日も早いということで寝ることになった。時刻はまだ9時にもなっていなかったが、僕にはこの数分間にいろいろなことがありすぎて1年ぐらい過ぎてしまったのではないかと思うほどだった。周りの暗さが今は妙に心地よくて、逆に明日が待ち遠しく感じた。彼女は、レイは僕のすべてを変えてくれるのではないかというのを本能的に感じていた。こんなに安眠できそうな夜を最後に感じたのはいつだっただろうか。少なくとも僕が落ちぶれる前になるだろう。

「ユウ…か」

顔が二ヤついていることに気が付きながらもそうつぶやく。つぶやきの余韻を口の中で最高級の食べ物のように噛み締める。

 そういえば、まともに名前を呼ばれたのも久しぶりだったな。昔母さんにつけてもらった名前はどうしても思い出せなくなってしまった。今はそれでもいい気がしている。ユウというのも悪くない。

 その後もいろいろなことを考えていた。きっと全部レイには筒抜けなのだろう。まぁ、隠すようなことでもないし、隠し事なんてできない。僕たちはつながってしまった、運命共同体といったところだろうか。ずいぶんと安易な運命共同体だ。

 笑ってしまうな。でも、きっと僕にはこの選択肢しか残っていなかったのだろう。明日、それが僕の運命が決まる時だ。自信はないけど必ず…

 次第に心地よい眠気に襲われた。


「起きてください…朝ですよ。ダメか。やっぱりツンデレじゃなきゃ起きないか?」

少しずつ覚醒していく僕の意識が初めにとらえたのはそんな声だった。

「はっ、早く起きなさい!別にあんたが起きなくても私は困らないけど…」

どうやら僕は極度のツンデレ好きぐらいに思われてしまった様だが僕にそんな性癖はない…と思う。とりあえず放置もかわいそうなので乗ってみることにした。

「じゃあ起きるのはやめよう」

「待ってください!寂しいじゃないですか!」

まさかのデレが出た。こんな朝はこれまた久しぶりのこと、というよりも初めてかもしれない。こんな廃屋宿舎でもこれだけ幸せに起きることができるものなのか。是非とも高ランクの非リアどもに教えてあげたい。

「ユウもこんな短時間でずいぶんと前向きになりましたね」

「まぁ、僕の場合は人間の彼女じゃなくて幽霊の運命共同体だけどな」

レイの言ったこととは関係ない返答をしたが、正直、僕はレイの言ったことに驚いていた。確かに、今までこんなこと考えたことなんてなかった。心に余裕ができた証拠なのかもしれない。

「ユウ。どうせ朝ごはんないんでしょ?」

レイよ。僕が感動しているときに現実に戻さないでくれ。

だが、それもまた事実。生活を保障されていない僕に食べ物なんてない。

「私は事実を言ったまでです。そんなわけで早く学校に行ってランク戦に申し込んだらどうですか?ランクが上がればきっと周囲の見方も変わるはずです。変えてやりましょう。常識って奴を!」

なんだかどこかで聞いたことのある言い回しな気がする。でも確かにレイが言っていることも一理ある。今回のランク戦で上位三名に入ることができればランクを確定で1ランク上げることができる。そうすれば、普通の人と同じような生活(それでもまだ少し理不尽はあるが)ができる。

「さあ行きましょう。エントリー開始は2時間後ですよ」

「あれ?それ誰から聞いてきたの?僕は初耳だから僕との意識のリンクってわけじゃないだろ?」

「そうですね。近くに飛んでた霊魂さん達から聞いてきました!」

そうか。だから妙に昨夜から少しフワフワしたのが見える時があったのか。きっとレイとつながったことで僕自身もレイの感覚とつながったって訳か。人権なんてないも同然だな。

「私は幽霊なので人じゃないですけどね」

なんだか楽しそうに言っているが、僕としては少し困るんだけどな。

「だからレイ。キャラがなんだか定まらないとか考えてないで僕たちがこれからどうやって戦うのかを話し合いながら学校へ向かわないか?」

「なんで私が考えていることがわかるんですか!まさかユウ、実はまだ魔力があったりするんですか!」

なんでだろう。レイが驚いている姿はものすごくアホっぽいんだが。でもかわいいな。

「ないよ。僕にはもう術を発動する魔力はない。それにレイが僕の考えがわかるなら僕がわかるのも当たり前だろ」

「そそそそんなのわかってましたし?」

二人の感覚がつながっているということは二人の過去もわかることになる。さっきまでは意識してなかったからレイのことはわからなかったが、意識した瞬間にレイ…否、彼女の過去が一気に流れ込んできた。彼女も僕と同じように名前を失っていた。その他にも気になる点があった。しかし、まぁ、これ以上は掘り返すようなことではない。考えるのをやめ、僕たちは学校へと向かった。


 家を出てから学校までは片道約1時間半ほどかかる。交通機関を利用すれば30分ほどだが、そんな金がどこから出るはずもなく、僕は整備されていない道を自転車で走り抜ける。都市部に出ればだいぶ早くなるのだが、ここら辺の山沿い一帯は故意的に整備がされていない。これもランク制度の見せつけといったとこだ。

 そんながたがた道をレイを自転車の後ろに乗せて走り抜ける。幽霊はどうやら重さは無いようで、少し寂しい気もするが、感触はあるので胸が背中に当たるのが最高の気分にしてくれる。これで朝ご飯がなくても動けている理由だなんて口が裂けても言えない。まぁ、伝わってんだろうけど。

 そんなことを考えながらも、真面目に今回の戦い方についてレイと話す。

「君の言うことはわかった。つまり、君は霊力と魔力を同等に扱うことができる。だから、僕がこの状態で術式を構築すれば君が発動することは可能なんだな?」

「はい。ですが私が幽霊の状態、スピリターだと…」

いきなり初耳な言葉が飛び出す。

「あっ、別に気にしなくていいですよ。スピリター。かっこよくないですか?」

どうしてこういうところでふざけるのだろうか?僕は命がかかってるようなものなのだが。

「すいませんでしたー。ちゃんとやりますよ。では気を取り直して…スピリターだと」

どうやらスピリターは続行するらしい。これは反省してない悪い子だ。

「私は外部に干渉することができません」

「でも術は発動できるんだよな?」

「はい。でもその術も私を経由することで幽霊と同じ扱いになってしまうんです。私がユウの顔におしっこしても濡れないのと同じ原理です」

おい待て。なんだその例えは。レイさん夜中にそんなことしてたんですか?例えですよね?ねねね?

「事実です…」

レイは顔を赤らめている。最悪だ。それなのに僕は気持ちの良い眠りとか言ったのか?

「ただの変態じゃないか!」

周りの人たちがものすごい形相で睨んでいた。り、引いていた。

よく考えてみればこの発言は特大のブーメランだった。

「わっ、私のおしっこが気持ちよかったんですか?」

無視しよう。どうせレイの声は周りには聞こえていないはずだ。そうしよう。

「で。外部に干渉できないならどうすりゃいいんだ?」

「ということで私が変態に憑依します」

「変態!!!!!!!」

また叫んでしまった。これからこの話はタイトル改め『召喚できないFランクの変態』となります。

「ごめんなさい許してください。ちゃんとやりますから、私とまずはランクを一つ上げましょう!」

「わかった。僕も取り乱したよ。続けてくれ」

きっとこれで僕はランクが上がっても危険人物扱いなんだろうな。もう諦めるか。

「憑依することで私はユウという外部に干渉できる媒介を手に入れるわけです」

「てことは、戦うのはイコール僕でもあるというわけか?」

「そうなりますね」

いまレイはとてつもなく自然に言ったが僕は身体能力はそこまで高くはない。肉体強化の術式で何とかなるが、結局僕は命がけになるわけだ。

「大丈夫ですよ。私の身体能力も幾分か引き継がれる…はず?」

やってみないことにはわからないようだな。

「よう。元神息さん」

「!?」

奴らだ。今の僕なら大丈夫と分かっていても今までの僕が蘇ってくる。怖い。なんせ今の僕には失うものがある。

「(それならユウが私を守ってください)」

「(!?)」

レイのその言葉が僕を正気に戻してくれた。

「お言葉ですがアヤーヅさん。僕にはユウという名前があるのでそちらで呼んでもらってもよろしいでしょうか」

アヤーヅの形相が変わる。確実にキレている。

「(何か来るか?)」

しかし、その前に残りの二人が割って入ってきた。

「それは申し訳なかった。でも、サンドバッグになることは変わらないだろ?」

ツヴァンが二ヤつきながら言い放つ。よく人の気に障る顔だ。僕がランクが一つ上だったらなぐり殺しているかもしれない。

「ツヴァンさん、それはサンドバッグに失礼では?」

「ははははは。まぁ、僕たちも術式の調整をしなくてわならないのでね。せいぜい苦しむさまを楽しみにすることにするよ」

そうして笑いながら去っていく。

 彼らが見えなくなるのと同時に膝がガクガクと震え始める。やっぱり、僕は何も変わることができていないのかもしれない。そうだ。たった一夜しかたってないじゃないか。

「ユウ。これ以上は怒っちゃいますよ。ユウはこれからです。これからぎゃふんと言わせるんです。それに今も十分かっこよかったですよ。ちゃんと私がつけた名前、言ってくれたじゃないですか」

本当にレイは何者なんだろうか。こんなにも僕は救われた気持ちでいっぱいになってる。満たされてる。涙があふれそうだ。でも、これはまだとっておかなければいけない。ランク戦で勝ち上がって、その時にうれし泣きしたいんだ。

「レイ、やってくれるか?」

レイは優しく微笑みながら

「もちろんですよ。ユウにならどこまででもついていきます」

この笑顔が僕を強くしてくれる。覚悟が決まった。

「無傷だ!」

「はい?」

さすがにいきなりでレイも困惑している。当たり前だ。

「いま思いついたんだ。無傷で全員完封して役目でしょ!」

「そうですね。でも、いきなりどこかで聞いたフレーズはやめてください」

 そうして、僕たちはエントリーを終えるとすぐに控室へと通された。僕たちがエントリーしたE.Fランクはそもそも出場人数が少ない。僕らと同じFランクはそもそも学園内にいないが、Eランクも状況維持を望むものが多く出場者は少ないのでランク戦の初めにささっと終わらせられてしまう。なので、対戦表を見たところトーナメント形式で三回勝てば昇格のようだ。

 少し霊魂さんが言ってたことと違っているが、勝たなければいけないことには変わりがない。そして、僕らは初戦の相手が熱を出したらしく不戦勝になり、今は二戦目の相手が決まるのを待っているところである。

「このシードのDランクさんが気になりますね」

「僕もそれは思った。霊魂さん達に聞いてみたがどうやらランク昇格を阻止するための人員らしい」

「ずいぶん霊魂さん便利に使いますね。それにしていやらしいことするんですね」

ランクがランクなだけあってしょうがないんだろう。

「ユウ様。対戦の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」

いよいよだ。これが僕らの初対戦になる。

 細長い通路を歩いていくといきなり目の前が開けまぶしい光と歓声に包まれる。

 アリーナ

 年始、年末で行われるランク戦は学園内でも一大行事の一つだ。そして、この低ランク戦はこの大会内で見せ物の扱いだ。性格の悪い奴らがヤジを飛ばしたりけなしたりしに来る。

 でも、これは今の僕らにとっては好都合。

「度肝を抜かしてやる」

「そうですね。やってやりましょう」

気合十分。僕らは自信をもって罵倒の中に飛び込んだ。

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

無駄に熱狂している中に一人たたずむ少年がいる。そいつが一戦目の相手だろう。

「赤コーナー。召喚できない召喚士、ユウ!」

「うぉぉぉぉぉぉ!」

さっきの歓声よりも大きい歓声とともに、今回一の笑いと罵倒が飛んでくる。しかし今の僕にはそれさえも後押しとなる。別に僕がマゾなわけじゃない。「見返したい」その一言に尽きる。

「青コーナー。ハリネズミみたいなドラゴンの召喚者、アマリヤ!」

こちらも僕らと同じような扱いだ。

 しかし、アマリヤのほうは僕に睨みをきかせている。どうやらバカにされたのが相当癪に障っているらしい。普通はその反応が正しいのだろう。

 僕らはイレギュラーだ。でも、だからと言って負けるわけにはいかない。

「では、両者。バトルスタート!」

高らかなスタートのコールとともに気持ちの悪い熱気も最高潮になる。

「行くぞ!レイ!」

「はい!」

僕は長らくやっていなかった術式の詠唱を始める。久々の詠唱で心配もあったが唱え始めると気分は高揚し始め、僕は元神息の感覚を取り戻し始めた。

「スピリラ・マズ・コネクション!」

全身の血管が沸騰するような感覚の中、術式を叫ぶ。こんな術はおそらく今まで存在していないだろう。しかし、そんな術式でも構築できる。それが神息だ。

 僕の体全体に魔法陣が展開される。

「ユウ。しっかり憑依できました!」

「行くぞ!セクト!」

その途端、アリーナ全体がざわめきに包まれる。正直僕も自分自身を見て驚いた。

「女体化した!」

黒髪のロング、すらっと伸びる華奢な手足、整った顔立ち。

「ユウ。体、私ベースになりましたね」

レイはなんかどことなく嬉しそうだが僕は実は慣れない感覚に困惑している。

「レイさん。おっぱい重い。あと僕の息子が消えたんですけど治りますか?」

「へっ、変態!でもユウに触られるなら許す」

そんな話がしたいのではないが今は戦いに集中すべきだろう。それに相手も召喚を終えている。それにさらに睨んでいるんですが。

「くっ、いけ!我が召喚龍 ニードラゴン!」

すると、トゲトゲしているドラゴンが突っ込んできた。

「レイ!」

「一撃で切ります」

脳に直接どんな術を構築すればよいかがレイから伝わってくる。

「霊界からレイが昔、使ってた権を呼び出す術…」

「コーラル・ソルダリー!」

僕らが立っている地面がいきなり黒く淀み始め、そこから一振りの刀が出現した。

 レイはそれを一瞬の迷い、無駄のない動きで引き抜いた。

「両断!」

レイと感覚を共有しているせいだろう。相手のドラゴンは恐ろしく遅く見えた。そして、二つに切られた体の間に僕らの体を通す形で僕らを通り過ぎ、後ろの壁に激突。魔法陣がニードラゴンに展開され、消滅(戦いでの消滅は死んだわけではない)した。

 圧倒的だった。アリーナは初めの熱気なんて忘れてしまったかのように静まりかえり、審判、さらにはアマリヤまでもが愕然のような驚きのような顔をしている。

「しょ、勝者、赤コーナー ユウ…」

 歓声は起こらない。

「ユウ。やりました!」

僕の体でレイはピョンピョンはねて喜んでいるが、僕は状況をつかめないでいた。最強の剣士とは言っていたがここまでとは思わなかった。彼女の過去にこんな記憶はなかったはずだ。

 そこでひとつ、僕は彼女について一つ仮説を立てた。

「(あまり過去を掘り返すつもりはなかったが、君は昔、記憶を改ざんされているかもしれない)」

これはしっかりとある。彼女の記憶にはつじつまが合わない箇所が見られたのだ。

 きっと彼女にいくら問い詰めたところで答えは出ないだろう。この試合で僕たちが持つ強さがどのぐらいのものであるかを把握できた今、「彼女の記憶」というもう一つの強くなる目的ができた。おそらく、上位の召喚士になれば禁則事項を知ることができる。きっとそこには僕の記憶も…

「ユウ!ほら、やりましたよ!もっと喜んでいいんですよ?」

 レイの顔を見つめる。目的は増えた。でも、まずは喜ぶか。4年ぶりの勝利だ。

「ニヤニヤして気持ち悪いんですけどエッチなこと考えてないですか?」

「は?そんなこと考えてないよ?」

「変態!でも…ユウなら…」

レイは顔を赤らめる。そして、服のボタンを取り始める。

「やめろ。ほら、次の試合になるから!」

「やりたくないんですか?」

「そりゃやりた…いわけないだろ!」

「今少し詰まりましたね。正直になってくださいよ。私はいつでもカミングです!」

おいおい、周りが呆然としてみているんだが。傍から見たらひとりごとを叫んでるように見えてるよ。

「レイもう少し気を使って」

僕の精神が僕の魔力を下回りそうだよ。

「あの。決勝戦に移らせてもらってもいいですかね?」

我に返ったアナウンスで僕たちの絡みは中断される。

「すいませんでした。進めてもらって結構です」

「もう少しイチャイチャしようよ~」

レイはそんな感じで駄々をこねているが試合はもちろんそんなことを知る由もなく進行が始まる。いよいよ次が最終戦だ。ランクはさっきより断然各上のDランクだ。今の試合からすれば勝つことはたやすいだろう。しかし、僕らはまだこの状態で戦いなれていない。今回もなるべく早く片を付けたほうがいいかもしれない。

「大丈夫ですよ。私は最強ですから」

レイは高を括っているが。どうだろうか。信用していないわけではないが、僕は僕が信用できていない。

「さあ、始まりますよ。気を引き締めていきましょう。まだ感覚が戻っていないのなんてもうわかってることですから」

「(やっぱりばれてんのか)」

レイはなぜ僕を信用できるのだろうか。まだ会って一日もたっていないのに。そんなことが気になってしまいそうになったが、僕の心はレイに対してはまさにガラスである。どこまでも透き通って透かされて、そして、僕はまだ弱い。

 こんなにうまくいってしまうのだろうか。

 そんな悲観的なことを今も考え続けている僕がいる。もうどの道に進めばいいのかわからなくなった僕に一枚の地図が渡される。でも、今どこにいるのかすらわからないのに僕は地図を頼りに進むことができるのだろうか。

 否、できないだろう。それでも僕は地図を大切に握りしめていたいと思う。

 なぜかって?簡単なことさ

「せっかくのチャンスだ。勝とうぜ!」

「もちのろろろんです!」

 会場中がどよめきを増した。決勝戦。どこからともなく表れた僕らに向けられていた戸惑いは、各々の体の中で化学反応を起こしたかのように熱気へと変わっていくのがわかる。

 僕らの体にも伝播した暑さが緊張を一段と強くさせる。

「さあ、始めてまいりましょう!これが祭のフィナーレだ!盛り上がっているねマイファミリー達。学園内ランキング戦決勝戦。赤コーナー、謎多き挑戦者、Fランカーユウ!」

歓声とともに飛んでくる罵倒はなかった。しかし、応援する人が増えているわけでもなかった。僕たちが何者なのかということに対しての好奇心だけが彼らを熱くさせている燃料になっている。それなら望むところだ。レイと僕の強さを彼らが想像し得る範囲を超えた世界に連れ出してやる。そう意気込んだその手前のことだった。

「青コーナ、あっ、少々お待ちください」

突然のストップ。決まりきったざわめきが熱気に覆いかぶさる。

「司会さん。もう紹介いらないよ。これからどうせ赤コーナー死んじゃうから」

ざわめきが静寂へと移り変わった境目はわからなかった。目まぐるしく移り変わっていた場の感情は、今のたった一言で終点にたどり着いたかのようだった。

 目の前に現れた青年を見て僕の体は一気に熱気を体外へと放出した。

「ごめんね。少しビビらせすぎたかな?そうだよね、死ぬときは気付かないうちに死にたいよね」

余裕。これが彼の表面を包んでいる。しかしながら、中があるかと問われればそれは虚無であると答えるのが一番近い気がする。そんな雰囲気を醸し出している。

 強さではなく冷酷さに近い。そんな身の危険を感じる。

「(ユウ、こいつはやばい)」

レイが語り掛けてくる。僕もその意見に同意であった。逃げるべきだ。それが最善だろう。でも、僕がとった行動は体が先に選択していた。

「一つだけ教えてあげる。僕はAランカーだ」

「スマ・ラ・ネクション」

「スぺラ・ヴィーゾ」

叫びとともにアリーナ中央に激しく火花が散る。刀とステッキのぶつかり合い。どちらもにわかに歪みあっているように見える。

「よく一撃目をとめたね。褒めてあげよう。そうだ、こういう時はご褒美だね。いいこと教えてあげる、君が術式を短縮していなかったら確実に君は死んでたよ」

そんなことはわかりきったことだ。じゃなきゃ無理に短縮術式なんて考えなかった。

「じゃあ、もう一度見せてもらっちゃおっかな。君の神息を」

「オープ・ラ・カーヴォル」

とたん、彼の使い魔、ピエラ・ピエトロの体がトランプとなり宙に四散する。と、ほぼ同時に、四散したトランプが鋭くこちらに向きを変え襲い掛かる。

「ユウ、この数だとさばききれない」

そして、大きく後ろへ後退し、大きく空中へ跳躍する。アリーナの高度限界はない。できるだけ高く飛び落下時の空気抵抗がかかるようにする。タイミングを計るために落下する時間を何とか稼いでおきたい。下からは光が反射して鋭く輝くトランプが刻一刻と迫ってきている。

 そして、完全に減速する。ここからは落下が始まる。

 まだ…あとちょっと…

 そして、僕が思い描いたようにトランプが急加速し、拡散、僕の周りを包囲した。

 今だ!

「舞咲・乱桜(まえ、みだれざくら)」

叫ぶと同時に刀を振り上げる。刃が桜色に発光し、一枚一枚が鋭い刃となった花びらへと変形する。

 刃となった花びらは、まさに乱れ舞い咲いた花びらのごとく、僕たちの周囲を舞い、包囲したトランプを切り裂きながら破壊していく。

 今の状況でトランプが花びらに対応できるわけもなく、瞬く間に花びらはトランプを殲滅し、刀の形へ戻った。

 滞空している理由もなくなり、風を切って急降下、地面すれすれで身をひるがえし、着地する。着地の時の風が浴衣をなびく。勝利は確実だ。トランプは一つ残らず殲滅したのはしっかりと確認した。ピエトロがトランプになったのも見ている。そうなると召喚した使い魔が倒されたということだ。これで勝負はついたことになる。

「勝者、赤コーナ、ユウ!これは前代未聞の大逆転となりました!Fランカーが地獄の底から這いあがったー」

 歓声とともになされる勝ち名乗りで一気に全身の力が抜ける。それと同時にレイとの憑依が解ける。体のどこか、今まで壊れていた部分から熱い何かがわいてくる。それはまさに枯れた植物に水が与えられたかのような、死んでいた部分に命が吹き替える感覚。

 ついに、僕は成し遂げたのだ。底辺からの脱却。また召喚士として生活ができる。最強も夢じゃない。

「レイ…僕、やれたよ。勝ったんだ。また、日の光を浴びて、生きれるんだ」

「…」

 しかし、レイは反応しない。僕よりも喜んでくっついてきそうなものだが。目も僕を見ていない、そう、僕ではなくその後ろ、まさに敵が立っていた場所、振り返ると熱くなっていた全身が一気に凍り付く、僕は呆然と立ち尽くした。

 敵コーナーの後ろの観客席だ。その異常すぎる光景は多分地獄と呼んでいいものであった。

 裂けている場所は人それぞれであったが、どの人もスプリンクラーのように血を吹きだして倒れている。そして、そこからはい出るようにさっき倒したはずのピエトロが現れる。血のしぶきはウェーブしているかのように両サイドからどんどんと広がっていく。それと少し遅れたタイミングでピエトロが増殖していく。

 喜びから一気にさっきまでいた暗闇へと叩き落される。

 逃げ惑う観客は奇声や助けを呼ぶ声を上げていたのだろうが、全く耳に入ってこない。

「ふふっ、ふはははははははははは!」

 この世で一番楽しそうで不気味な笑い。

「なっ…なに…何をしたんだ?」

この地獄絵図を見せられた恐怖から、弱弱しい声しか出せなかった。

「簡単に言えばウイルスだよ。ピエトロを召還したときに特殊効果が発動したのさ。ランダムに周囲の人の一人をウイルスに感染させる。あとはもうその繰り返しさ、生まれるたびに感染する。まぁ、力が強い人には感染しないのがこの術式の不完全なところだったから、君に感染しなかったのが非常に残念だったけど、今の君の絶望する顔を見た瞬間に自分の不完全さなんてやっぱり問題にならないくらい些細なこと、いや、思っていた以上の結果になって満足だよ。やばい、笑いがこらえられない…我慢しなくちゃ。僕はこの時をずっと待っていたんだよ。4年前から」

話が途切れる。彼はまた不気味に笑い始めた。

 でも、問題はそこではない。4年前だって?

「(まさか…)」

 そう、あの時の声、乾いたような不気味な声、ずっと気になっていた。そうか、そうだったのか。

 事の真相はまさに最悪といったとこだろうか。僕は…

「事故じゃなくて、お前がすえて仕組んでいたのか?」

 笑いが一瞬止まるがすぐにさっきよりも高らかに不気味な声で笑う。

「今更気が付いたのか。そうだよ、あのトラックのブレーキを僕のピエトロが壊した。仕組むといってもそれだけのことさ。僕はあの時、お前を殺すつもりだった。僕はこのウイルスの術式が評価されあと一歩で二つ名がもらえるとこまで来てたんだ。なのに、お前がいきなり現れて僕の昇格は破棄された。最強はお前にはふさわしくないんだよ。だから死ななくても落ちぶれていくお前を見るだけで僕は楽しかった。なのになんだ!ランク戦に出場?一回戦突破?なめてんのか?お前はそのまま下へ下へと落ちてけばいいんだよ!だから殺しに来たんだ。滑稽ながらも僕に感謝しろよ。死場をくれてやるんだぞ」

 真実はまさに残酷で最悪そのものだ。俺はこいつの手の中で踊らされたのか。ほんとに滑稽だな。

「俺なんて死ぬべきなんだ…」

そうつぶやいた瞬間、頬に強い衝撃を受けた。顔を上げるとレイが涙を流していた。どうやらビンタされたらしい。

「ふざけないで!ここまで来たのに…諦めるんですか?プライドが何ですか?今更何を考えてんですか…私と最強になってくれるんじゃないんですか…」

僕はまた昔の僕を捨てられていなかったのか。情けない。大切なことを自分で考えられなくなっていたようだ。

 このままじゃここまで強く成り上がってくれたレイに申し訳が立たない。

「パンっ!」

自分の頬をたたく。これは一種のルーティーンだ。

 気合が入る。

「行くぞレイ!」

「当たり前です!」

「セク…」

そう唱えようとしたさなかだ。

「させるわけねーだろーが!」

その叫びとともに客席にいたはずのピエトロの群れが一瞬にして僕らの間近まで接近していた。そして、僕とレイは反対方向に吹っ飛ばされてしまった。

 そうなってしまうと僕らは手の出しようがない。まさにサンドバッグ。

「やめなさい」

彼が叫ぶとピエトロたちが一斉に静止する。

「ユウのほうは拘束して、まずはレイを徐々に殺していきなさい。ユウ、君は術式を中途半端に唱えたらどうなるかも忘れたのかい?」

「!」

まずい。指摘されて気が付く。なんでピエトロがレイに干渉できてしまったのか。幽霊であるレイには基本的には干渉できないはずなのに。

 僕が憑依することはさっきの試合でばれている。そう、僕が憑依の術式を唱えるところをすでに狙われていた。

 途中で疎外されたせいで、完全に憑依できず僕の存在を半分分けたような感じで、実態だけを持ってしまった様だ。

「よし、ユウ。よく見ておけ、僕は君が絶望するところをじっくりとみてあげるから」

「やめろ!レイにだけは手を出すな!」

彼は不敵な笑みで

「こういう時はみんなそういうだろ?僕はこれが楽しいのに。まぁ、いいや。ピエトロ、やれ」

まさに問答無用。レイが目の前で袋叩きにされる。

 感情が直接僕の頭に流れ込んでくる。

「(おねがい。助けて…)」

「あっ、あああああああああああああああああ!」

叫ぶ。何もできない自分に。何もしてあげられないレイに。こんな残酷なことで楽しそうに笑うヤツに。

 何か起きろ。ただただそう願った。

 結果として起きた。ただ、それはもう一つの最悪の結末だった。

 

 ー僕の中で何かがはじけたー


 とたん僕を中心として白い光が広がる。ピエトロを吹き飛ばし、地面を深くえぐっていく。観客席やスタジアムの壁を粉砕する。白い光がスタジアムをちょうど包み込んだあたりで広がりは止まった。そして、白い光は音もなくすべてを弾き飛ばした。気が付くと、巨大な穴の中心にいた。レイは幽霊に戻っていて無事だった。ヤツは多分消滅したのかピエトロもろとも姿も形もなかった。

「ユウ…」

気が付いたのかレイがこちらを見つめる…

 突然、僕の視界は暗闇が包み込んだ。

とりあえず序章です。主人公は最強じゃないほうがおもしろいよねっ!なんて言ったらなろう追放されそうだけど、主人公が成長していく感じのスタイルを貫きます!

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