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水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
神霊の子
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過去( 4 )——薫


 桜子は薫を、ずいぶんおとなしい男の子だとみなしたらしい。あれこれ尋ねた後、最後にこう言った。


「お母さんに会ってないのは同じね。私もお母さんを亡くしたから」


 その言葉に、薫は何かを伝えたい衝動にかられた。


 川の底で出会った、彼女の母宮のことを。

 その人が悲しげに涙を流していたことを。

 自分が目の前の少女を守るために、暗殺の訓練を受けていることを。


 でも、それは堅く秘められたことだった。

 師範にも、時が来るまで決して他言しないよう言われている。本当はこの少女にも、会うべきではなかった。薫は、言葉を慎重に選んで告げた。


「桜子のお母さんは、僕知ってるよ。夢のなかで会ったことがある」


 そう言うと、桜子は首をわずかにかしげて、不思議そうに目を泳がせた。その焦点が自分に向けられるのを急に意識して、薫は頰が熱く火照るのを感じた。


 やっぱり言うべきじゃなかった、と悔やんでいると、桜子は気をとりなおして言った。



「私のお母さんは、撫子っていうの。お父さんの名前は秋津彦。薫の両親の名前はなんていうの」


 思ってもみない問いかけに、薫は動転した。

 そんなことを気にしたこともなく、自分に親がいるとは思えなかった。面と向かって聞かれたこともない。仕方なく、


「母さんの名前は知らない」と、薫は言った。


 本当は、川底で出会った女の人が自分の母親じゃないかという、淡い期待があった。でもそれは夢の話であり、幻想に似たその憶測を言うつもりもなかった。


 父さんの名前も知らない。


 そう続けようとして、きのう言われた言葉が頭のなかをよぎった。まさかと思いつつ、薫はそれを父親の名前にした。

 当たっている予感もあった。姿の見えない影は、師範のことを瑞彦と呼んだのだ。この里で、師範を呼び捨てにする人は誰もいない。それほど親しい間柄なら、年の頃からしてもあり得ない話ではなかった。


 父が失踪したまま戻らないでいることは知っていた。一方で、それならどんな名前でもべつにかまわない、と思ったのだ。



「薫も稽古を受けているんでしょう。今度私と手合わせしてみない?」


 そんな風に笑いながらはしゃぐ桜子を見て、薫は口の端に笑みがのぼるのを感じた。


 そして確信した。


 ——この女の子を守ることだけが、僕の生きるたったひとつの理由なのだと。



***

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