過去( 1 )——薫
物心ついたときから、薫はおよそ愛情というものに無縁の子供だった。
薫はいつもひとりきりでいて、それを特別疑問にも思わなかった。それが普通で、そういうものだと思っていたからだ。
身の回りのことは自分でした。数日に一回、隠流と呼ばれる稽古場の師範が家を訪ねてきて、魚の燻製や炊いた粥を持ってきてくれたおかげで、ひとりでも食べることには困らなかった。
気づけば薫は、師範の内弟子だった和人の家にいた。和人は任務で帰らない日が多く、師範の他に人と話す機会もなかった。
里では誰もが薫を遠ざけて相手にされず、同年の子供も薫を遠巻きに眺め、遊びの仲間にさえ入れなかった。
誰かが、薫のことを指して陰で言った。
「あれは物の怪だ」——と。
***
どこにも居場所がなかった。
成長するにつれ、次第にひとりきりでいるのも耐えられなくなった。
夕暮れ時に、山の端に落ちてゆく太陽を眺めていると、ときどき薫は無性に人恋しくなった。それがなぜなのかは、分からない。
薫はどうしようもなくさみしい気持ちになると、ひとりで里を流れる川を眺めた。
川面に夕日が反射してまたたく様子をじっと見つめていると、寄る辺ない気持ちが少しだけやわらいだ。
誰にも必要とされていない、空洞の自分。言い知れない空虚さを持て余したまま、当たり前のように忍びの道に進み、師範の厳しい稽古を受けていた。
和人は家にいない日が多かったため、師範が来る日が薫は楽しみだった。たとえ、どんなに過酷な鍛錬がその先に待っていても。
薫を訪ねてくるのは師範だけで、稽古のやり取りだけが、日々のすべてだった。それは、徒手でいかに早く人を殺せるかの修行だった。
誰とも交わらずに生きている自分が、唯一人と関わることがあるとすれば、それは人を殺めるときなのだ。
その事実は、闇にも似た薫のなかの孤独をむしばんだ。幼い頃から薫は、自然な人との繋がりに飢えていた。師範が来ない日は、一日中ひとりで川を眺めていることもあった。
そんなある日。
師範との稽古のさなか、薫は飛んできた刀剣を避けそこねて、崖の上から足をすべらせた。あっと思ったときには、もう遅かった。
薫は、下方に広がっていた五瀬川の速い流れの渦に巻き込まれ——気づいたときには、水脈筋と呼ばれる場所にいた。