合わせ鏡
次に気づいたとき、桜子は薄いもやのなかにひとり佇んでいた。
頭上を、黒い雲が覆っている。その雲にまぎれるように、虹色に散る光の筋が彼方へ伸びていた。
既視感を覚えたのは、水脈筋で見た景色とよく似ていたからだ。幾度となく導かれて、降りたった黄泉の淵。
水脈筋では、地の底はどこまでも暗く、そばを光る川が流れていた。
今、はるか天上には渦巻く黒暗の雲がたちこめている。そして、かたわらには天の川のような光の筋が、どこまでも遠く流れてゆくのだった。
まるで地上を境に映した、水脈筋の合わせ鏡のように。
桜子は、闇に呑まれてゆく瑞雲に似た光の交錯を眺めながら、ここがこの世のどこでもない場所だということに、突然気がついた。
——私、とうとう死んでしまったのではないかしら。
妙に冷静な気持ちで、桜子はそう思った。
見ると、桜子は最後にまとっていたのと同じ、卯の花の白い小袖に深緋の袴と足結を身につけている。
剣を振りおろしたときと同じ格好のままでいることが、現実味のある状況としてせまった。
桜子の体からは、弱い光が途絶えそうに細く伸びている。それは今にも消えそうな光であり、暗雲のなかへ呑みこまれようとしていた。
ここでは、桜子の存在はどこまでも異質だった。
はるか遠い幽宮へ続く境に、真実立っているように思えたのだ。
戻るすべは、もう分からなかった。
それならば仕方ないと、冷めた感慨が心の底に横たわっていた。半ばあきらめに近い、奇妙な気持ちだった。恐れはもう、身の内にはなかった。
桜子は、自分のもといた場所を思いだそうとして、それができないことに気がついた。
その頃には、桜子の体は風前の灯に似て、今にも透けてしまいそうな淡い光のなかに包まれていた。
***
そしてその異変を、誰よりも早く感知した人物がいた。
それは水脈筋の奥深くから、桜子に呼ばれて応えた——薫だった。