風雨
小高い山の頂きにあるとはいえ、社のなかは狭く、里の人々すべてが庇に入ることはできなかった。
だが境内には樫や杉の木があり、その枝葉が広がっているお陰で、雨や風をしのぐことはできる。
瑞彦や充房を初めとした宮司たちは、ありったけの布帛を集めて分配し、各々で濡れそぼる体を温めあった。非常時に慣れた大人が一定数いることも、動揺が広がらないための一助となっていた。
日頃の鍛錬で心身を鍛えた者も多く、家屋のほとんどが流されたとはいえ、雨さえしのげれば少しの間は持ちこたえられそうだった。
負傷したなかでも、一番ひどいのは右腕を失った桂木だったため、お宮にたどり着いた面々は、社務所のなかでも数少ない筵を敷いた一室に通された。
桂木がまず腕の状態を見られ、その隣には意識の戻らない桜子が横たえられた。
社に運びこまれてからも桜子は目を閉じたまま、さながら眠っているようだった。しかし呼気があるとはいえ、寝ているだけではないことは、数刻ののち次第に明らかになった。
里の医師が診察したものの、脈が途切れがちであることの他には何も分からなかった。
その合間にも、桜子の心臓がひとつ脈をとばす。
(——私、死ぬのかしら)
意識の底で、気脈が弱っていくのを感じながら、桜子はそう思った。
生じた闇は、徐々に桜子を蝕み始めていた。痛苦は、時間が経つにつれ少しずつ増していた。まるで、水のなかにいるような息苦しさだった。
あのとき——五瀬川のほとりで『水神の剣』を手に振るったとき、桜子は気力を使い果たしていた。
それでも平気なように思えたが、体にかかる負担はいつのまにか限界を超えていた。
——少し横になれば動けるようになる。
君の母も、疲れるとそうしていた。
不意に、いつかの優の言葉が浮かぶ。
——ここにつかまって。
今度それは、薫の声に聞こえた。
(薫。どこへ行ってしまったのだろう——)
桜子が意識のはざまでそう思ったとき、ふわっと体が浮遊する感覚があった。
瞬間、重石のように胸を圧迫していた苦しさは消えていた。そのまま、どことも知れない茫漠な薄闇へ、桜子の魂は漂い始めていた。