表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
剣の巫女
82/108

黒い渦


 しかしだからこそ、屈してはいけないという思いが湧きあがった。そのためにできることなら、どんなことでもしてみせるという気が。

 桜子は数歩下がると、桂木にむかいささやくように言った。


「桂木さんは、おじいちゃんに伝えて。この場はなんとかおさめてみせるから。私を探すような真似はしないようにと」


「桜子さん、それでは」


 桂木がとがめるような声で狼狽する。

 二人が言葉を交わすのを見てとった桔梗は、目を細めて言った。


「覚悟は決まったか。真に利口なら、拒むことなど端からしないものを」



 桜子は、静かに桔梗の方へ一歩進みでた。

 それを桔梗は承諾の印ととったが、桜子が重心を低くしたのに直後眉根を寄せた。取り囲む者たちの警戒と殺気が、瞬間場に満ちる。


 桜子は深く踏み込んで、虚空に腕を伸ばした。

 大きく転換する。

 無意識に、隠の型に足を運んでいた。

 まるでこの場に、結界を敷くように。


 桜子は、いずれ剣の巫女となる者が、この世とは違う磁場を生むことを知らなかった。

 目の前の風景が溶けてゆくような感覚。

 ただ無心の足運びだけがあり、桜子は集中して流れるままに動いた。


 さなか、桜子は何も意識していなかった。

 桔梗の、まるで射るような眼差しすら。

 『月読』がむける不穏な空気も、自ら生じたこの場には届かない。


 層を切り拓いていく感触があった。

 ちょうど、薫の消えた五瀬川の方角。

 黒い渦が水面にたち始める。



 桜子が動きをとめたのは、異様な気配を先に感じたからだ。それは水面でひと通り渦を巻くと、うねるように川岸に現れた。



「……そなた、今の動きで何を呼んだのじゃ」



 桔梗がわずかに震える声で聞く。

 問われても桜子は答えられなかった。

 目の前に現れたのは、濃い闇のかたまりのような毒々しい気をまとう何かだった。


 ——水脈筋に現れた影のような。


 正体が判然としないものだけに、桔梗も声に恐れをにじませた。桜子もどうしてこの影が出てきたのか、理解できなかった。


 揺らめく影は、川底の濁った臭気を辺りに放ちながら、どんどんその大きさを増してゆく。その揺らぎ方は、さながら長い虫のようだった。



 ——まるで大蛇おろちのようだ。



 桜子が心の隅でそう感じた刹那せつな、それは形を変えて、本当に赤い目と舌をもつ黒いくちなわへと成り変わった。


 大蛇は威嚇いかくするように桜子を一瞥いちべつし、遠い天にむかって咆哮ほうこうをあげる。

 吼えたける声に呼応するように、黒い雲が彼方から湧きあがった。いつのまにか蛍の姿は消え、辺りの闇がいっそう深くなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ