雨音と影( 1 )
「だから、厄介払いをするというの。私はお母さんみたいに、神を鎮める巫女にはなれないから」
桜子は絞り出すようにそう言った。
口にすると、その真実が余計に胸を衝いた。
いくら桜子が武芸を磨いても、それは体力づくりの一環であり、どこか他につながるものではないのだ。
清乃は諭すように、桜子に言った。
「稽古場に通うなとは言ってないわ。あなたが撫子さんの娘であるからこそ、秋津彦さんも縁談を急いでいるのよ」
「おばあちゃんも、私がどこへでもお嫁に行けばいいと思っているのね」
悲痛に声を震わせて桜子は言った。
感情をこれ以上高ぶらせたら涙があふれそうで、桜子は歯をくいしばりながら堪える。
桜子が激しても、清乃は落ち着いていた。
「それがあなたの身を守るのに必要なことだと、あなたのお父さんは考えているのよ。秋津彦さんだけではなく、瑞彦さんも」
——知っていたのだ。お父さんだけではなく、おじいちゃんも。そしておばあちゃんも。
桜子は目の前が暗くかげっていくような錯覚に陥った。それ以上何も言うべきことはなかった。
桜子は強く唇を噛みしめると、きびすを返して社務所を飛びだした。
外に出ると、雨の雫が強かに頰を打った。
いつのまにか黒く濁った雲が山頂を覆っている。これだけ見通しが悪いと、今すぐ山を降りるわけにもいかないだろう。だからといって、社務所には戻れなかった。
桜子は雨の煙る境内のなかを横切り、庇のある場所を探して神社の裏手側に回るうち、奥の閉ざされた建物にたどりついた。
——ここは、宝物殿じゃなかったっけ。
おぼろげな記憶をたどって桜子は思う。
ザーッと絶えず激しい雨音が屋根の下にいても響いていたが、不思議とここは静謐に満たされていた。
雨水を含み、まとった小袖も髪も重く湿っている。
軒先でそれを絞れるだけ絞ってしまうと、桜子は雨とは違う空気の震えを感じて立ちすくんだ。
——水神の剣。
それがこのなかにあることを、漠然と桜子は前から知っていた。
いったんその存在を意識すると、正体の分からない恐れのようなものが、自分の内側に立ちのぼってくる。それがただの剣ではないことを、桜子は幼い頃から感じ取っていた。




