夕餉
桜子は山歩きで汚れた衣を替えるために、薫を連れて一度家に戻った。
夏芽は桜子の帰還を待ちわびていたようで、家に着くなり光る涙を目の端ににじませた。
水に浸した手巾で体を拭い、卯の花の白い小袖に深紅の袴を合わせ、動きやすいよう膝下を足結の紐でくくると、大分さっぱりして気持ちも落ちついた。
いつのまにか薫も、別室で夏芽が用意した藍色の直垂と濃鼠の括り袴に着替えていた。
秋津彦は郡衙から戻っていなかったが、桜子が帰郷したことは伝わっているらしい。早めの夕食にしようと、夏芽は宵にそなえて精がつくものをたくさん出してくれた。
もち米に五穀を混ぜて炊いたお粥に、蕪や山菜の羹、渓流でとれたばかりの焼いた山女を前に、桜子も薫もありがたく手を合わせた。
捕らわれていた『月読』の邸でも、食事は朝夕二回出されていたが、新鮮な魚を食べる機会はなかった。漆の折敷に美しく小鉢が並んでいて豪華ではあるのだが、生命の名残を感じることはなかったのだ。
まだ湯気のたつ香ばしい食事の数々を咀嚼していると、ようやく家に帰ってきた実感が湧き、桜子の胸にも迫るものがあった。薫もここぞとばかりに、成長ざかりの食欲が旺盛なところを見せた。
——もしかしたら、ここには戻ってこられないかもしれない。
桜子は木椀を手に持ったまま、胸の内でひそかに予感した。
でも一方で、なんとかなるのではないか、と楽観する心のかまえもあった。それは、すぐ隣に薫がいるからなのだと、このときは桜子も意識することができた。
なぜ、そんなに頼りにしてしまうのか、桜子も分からなかった。審神者というものが、本来どういう性質のものかも未だに分かっていない。
それなのに桜子は、薫がいればどんなことにも立ち向かえるという気がしてくるのだった。
それは——薫の言葉だけが、桜子をここまで動かしたせいもあった。
薫の時に熱を帯びた口調は、今まで無謀だと思っていたことを可能にさせる力があるようだった。少々危うい側面はあるものの、薫の行動は信頼するのに足りるものだった。
これからどんなことが待っているにしろ、ふたりなら乗り越えられる気がしたのだ。
夏芽の出してくれた食事をすべて食べ終え、すっかりお腹の底が温まると、桂木が二人を迎えに家の戸口に現れるところだった。




