剣の由来
「それで、おじいちゃんは何て言ったの」
息をつめて尋ねると、清乃は肩をすくめた。
「戻らないって辞退したそうよ。でも誘いを蹴ったことで、その影響が及ぶかもしれないと瑞彦さんは危惧されていた」
「まさかそんな、関係ないじゃない」
青ざめて桜子はそうつぶやいた。
清乃は首を振った。
「それが何の因果もないわけではないのよ。この御社の剣は、禅譲された皇の命で神座に献上したもの。最終的に『月読』は、その剣を欲するかもしれない」
「剣って、お母さんが舞いを奉納した剣のこと?」
その様子を桜子は見たこともないし何の覚えもない——が、生前桜子の母が、巫女として神楽舞いをしたことは、里のなかの逸話で有名だった。
白い小袖に緋袴を合わせ、千早と呼ばれる貫頭衣をまとい、頭には花枝をかたどった挿頭を身につけて舞うのだ。
特に社で催される御霊会の祭りでは、天地の理を正し神々の怒りを鎮めるために、母は衵扇を手に舞ったという。
桜子の問いに、清乃は頷いた。
「一番怖いのは、剣を奪われることで水脈の大蛇の怒りをかうことよ。
あの剣は『水神の剣』といって、古来は八岐大蛇を封じたもの。水脈の大蛇は、その分霊にあたる。
瑞彦さんを初め、隠の一族は代々この社の剣を守ってきた」
——おじいちゃんが、そんなに凄い人だったなんて。
桜子は半ばあっけにとられて何も言えなくなった。
忍だったことは知っていたが、皇に目をかけられるほどだったとは。
父も祖父も、そのことを敢えて今まで語り聞かせずにいたのだろうか。
桜子が何も言えずにいると、清乃は目元を少しなごませた。
「秋津彦さんが婿がねを探すのは、あなたをその影響下に置かないためよ。稽古場が好きな気持ちは、私もよく分かる。あそこは本当に風通しのいい場所。
あなたの母——撫子さんも、あの場所が好きだった」
母の名前を持ち出され、桜子は胸の中心が熱くなった。
桜子が巫女になれないと思うのは、記憶にない母の面影が心の底に存在するからだ。扇を手に舞う神々しい姿が脳裏で像を結び、実の娘とはいえ、そんなふうになれるとは思えなかった。