南庭( 2 )
——薫。薫は一体どうしているだろう。
風にふかれながら、桜子が思いを馳せるのはそのことだった。あれからもう幾日も経っている。
桜の木の下で会うと約束したのに、それを果たせなかったことが、いつも気がかりだった。せめてここにいることを知らせることができればと思うのだが、薫の行方ももう分からない。
どうやって抜けだそうか、ひそかに桜子は思いをめぐらせた。人の気配が乏しいとはいえ、簡単に忍び出ることはできないだろう。伊織の目を盗んでいかなければいけない。世話をしてくれたことに感謝はしていたが、成り行きに任せてここに居続けるつもりはなかった。
桜子が「水神の剣」を振るったのは、薫の言葉を信じたからなのだ。『月読』が仕える主のためではない。
——熱は下がった。でも、まだ体のなかに凝がある。
その違和感は体調が快復した分、前よりも明らかに感じることができた。胸を押さえた桜子を、伊織は気にかけた。
「守り手の力は、人の体と相容れないものです。慣れるのにしばらく時間がかかるでしょう」
「人が負ってはいけないものだからよ。長く生きられないのはそのせいでしょう」
桜子が言い返すと、伊織は優しく言った。
「あなたの体は既に剣と繋がり、神霊と同じものが宿っている。消耗が進む前に制御する術を学ばれるといい」
「そんな——どうやって」
つぶやいた桜子に、伊織ははっきりと告げた。
「隠の技は力を開かせた。それと同じことが、統制する際にも可能なのです。あなたはただ無心になるだけでいい。剣を振るう前に、そう薫に教えられたように」
そこで薫の名前が出てくると思わなかった桜子は、ハッとして思わず唇を引き結んだ。
「薫を知っているの」
「どうして私が知らないと思うのですか? 優のことを知っているのだから、彼の息子について知っていても不思議はないでしょう」
「でも薫が私に言ったことまで、どうして」
そこで桜子は言葉を途切らせた。
もしかして——和人に見られていたのだろうか。薫と話したことを、和人は知っていた。その時は疑いもせず聞き流していたが、本当は不審に思うべきだったのだ。
声をつまらせた桜子に伊織は言った。
「薫がいなければあなたは剣を取らなかった。その点では彼に感謝するべきなのでしょう」
声に含むものを感じて桜子はつぶやいた。
「あなたは、薫の何を知っているの」
思えば分からないことばかりだった。薫に関して、桜子はその正体をほとんど知らないのだ。それだけに、まるで去なすような口振りが妙に気になった。伊織は、その質問には答えなかった。
「ずいぶん風が出てきましたね。体が冷えるといけない」
結局それで会話は打ち切られた。
釈然としないものを抱えたまま、桜子は伊織と連れだちなかへ戻るしかなかった。たとえ伊織に何を言われても、留まり続けるわけにはいかないのだ。長くいればいるほど、隙をとらえるのも難しくなっていく。
——まったくもう。後のことは任せてくれればいいって言ったくせに。
心のなかで薫を腐したが、それでも桜子の心は晴れなかった。
——なんとかしなければ。
そう思い、桜子は再び胸元を握りしめた。
 




