表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
剣の巫女
46/108

南庭( 2 )


 ——薫。薫は一体どうしているだろう。


 風にふかれながら、桜子が思いを馳せるのはそのことだった。あれからもう幾日も経っている。

 桜の木の下で会うと約束したのに、それを果たせなかったことが、いつも気がかりだった。せめてここにいることを知らせることができればと思うのだが、薫の行方ももう分からない。


 どうやって抜けだそうか、ひそかに桜子は思いをめぐらせた。人の気配が乏しいとはいえ、簡単に忍び出ることはできないだろう。伊織の目を盗んでいかなければいけない。世話をしてくれたことに感謝はしていたが、成り行きに任せてここに居続けるつもりはなかった。


 桜子が「水神の剣」を振るったのは、薫の言葉を信じたからなのだ。『月読』が仕えるあるじのためではない。


 ——熱は下がった。でも、まだ体のなかに(しこり)がある。


 その違和感は体調が快復した分、前よりも明らかに感じることができた。胸を押さえた桜子を、伊織は気にかけた。


「守り手の力は、人の体と相容れないものです。慣れるのにしばらく時間がかかるでしょう」


「人が負ってはいけないものだからよ。長く生きられないのはそのせいでしょう」


 桜子が言い返すと、伊織は優しく言った。


「あなたの体は既に剣と繋がり、神霊と同じものが宿っている。消耗が進む前に制御するすべを学ばれるといい」


「そんな——どうやって」


 つぶやいた桜子に、伊織ははっきりと告げた。


なばりの技は力を開かせた。それと同じことが、統制する際にも可能なのです。あなたはただ無心になるだけでいい。剣を振るう前に、そう薫に教えられたように」


 そこで薫の名前が出てくると思わなかった桜子は、ハッとして思わず唇を引き結んだ。


「薫を知っているの」


「どうして私が知らないと思うのですか? 優のことを知っているのだから、彼の息子について知っていても不思議はないでしょう」


「でも薫が私に言ったことまで、どうして」


 そこで桜子は言葉を途切らせた。

 もしかして——和人に見られていたのだろうか。薫と話したことを、和人は知っていた。その時は疑いもせず聞き流していたが、本当は不審に思うべきだったのだ。

 声をつまらせた桜子に伊織は言った。


「薫がいなければあなたは剣を取らなかった。その点では彼に感謝するべきなのでしょう」


 声に含むものを感じて桜子はつぶやいた。


「あなたは、薫の何を知っているの」


 思えば分からないことばかりだった。薫に関して、桜子はその正体をほとんど知らないのだ。それだけに、まるで()なすような口振りが妙に気になった。伊織は、その質問には答えなかった。


「ずいぶん風が出てきましたね。体が冷えるといけない」


 結局それで会話は打ち切られた。

 釈然としないものを抱えたまま、桜子は伊織と連れだちなかへ戻るしかなかった。たとえ伊織に何を言われても、留まり続けるわけにはいかないのだ。長くいればいるほど、隙をとらえるのも難しくなっていく。



 ——まったくもう。後のことは任せてくれればいいって言ったくせに。


 心のなかで薫を(くさ)したが、それでも桜子の心は晴れなかった。



 ——なんとかしなければ。


 そう思い、桜子は再び胸元を握りしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ