南庭( 1 )
どれくらい眠ったか、桜子は分からなかった。
意識は混濁していたが絶えず部屋には人の気配がし、伊織がかいがいしく世話を焼いてくれた。それが功を奏して、まもなく桜子は起きられるようになった。まだ体の奥に熱の名残はあるが、徐々にそれも気にならなくなった。
動けるようになると、こんなところでじっとしていられる桜子ではなかった。体がすっかり鈍ってしまっている。
桜子の快復を伊織は喜んだが、外へ出たいという申し出には表情を曇らせた。
「まだ病み上がりの体ですからね。でも私が付き添う分には構わないでしょう。少しだけ簀子縁へ出ましょうか」
ずっと同じ場所にいたため分からなかったが、屋敷は想像を越える広さだった。いつも寝起きしている廂の間の外には濡れ縁があり、まわりに高欄がはりめぐらされている。
南に面して五段の階がかけられ、その先には広大な庭があった。あちこちに竜胆や薔薇、女郎花など、多様な花を植えた前庭がある。
対屋に続く透渡殿の下には、細く曲がりくねった水路——遣水があり、設えられた池へと続いていた。池の小島には反り橋が架けられている。
風がそよいで呉竹の葉をゆらし、池の水面に小さなさざ波を寄せる。久しぶりの外気は芳しく、優しく額髪をさらってゆく。
陽は少しだけ西の方に傾き、砂礫を敷いた南庭の広がりに、惜しみなく日差しを降りそそいでいた。
外の空気を思い切り吸い込むと、桜子はつぶやいた。
「ここはとても静かね。他にもたくさん人はいるんでしょう」
「皆、各々に務めを持っていますからね。ひと払いをしているのもありますが。
そういえば先日、一条の大路で賀茂祭が催されたのですよ。もう少し早ければお見せできたのですが」
伊織によると、毎年四月半ばの酉の日に行われる賀茂祭はとても盛大なもので、宮仕えする者はもちろん、市井の人々も見物の準備に余念がないのだという。
辺りに匂う爽やかな香りは、菖蒲なのかと桜子は納得した。いつのまにか、季節は初夏を迎えている。
 




