兆し
朝靄が切り払われた空の下、梢では雀の鳴き声が響き始めていた。桜子は鳥居をくぐり、誰にも見咎められないよう、転び出るように小山の道を下った。
心臓が、その鼓動を速くしていく。桜子はギュッと両手を握りしめた。額に汗が浮かぶ。
あの剣と切り離せない自分のなかの力を知った以上、もう無自覚でいることはできなかった。何かが溢れ出るような感覚が、柄を握った指先に残っている。
伝位の初許は、この前受けたばかりだ。母のようにはなれないと、稽古に励んでいた。その技が剣を呼び覚ましてしまったのだ。
これは、桜子だけの力ではない。生まれた時から桜子に内包されている母の血の名残なのだ。巫女にもなれないと感じていたというのに。母が呼び起こした人智を越えるものを、桜子もまた呼ぶことができるのだ。
にわかに信じがたいことだったが、守り手の力を実感した今、そう思うのが一番自然だった。母は、水脈を統べる大蛇を神楽舞で呼んだ。祖父が力を解くのに反対しているのは、そうすることに危険が伴うからだ。水脈の大蛇を呼び覚ますと、災いが降ると言って——
さまざまな考えが頭のなかをめぐって、桜子は息もつかずに稽古場へと走った。
景色がどんどん後ろへ流れてゆく。走り続ける息苦しさよりも手にした考えに目がくらんで、胸の底が焼ききれそうだった。
『もともと、その力を還そうとする動きはあったんだよ』
誰かの言葉が、脳裏でこだまする。
ふっと一瞬、目の前がかげった気がした。




