水神の剣( 1 )
考え事をしながら山道を通ってきた桜子だが、人の気配がしないことはお宮に着く前から分かっていた。誰ひとり顔を合わせずに鳥居の門をくぐり境内を横切ると、宝物殿へ続く建物はもう目と鼻の先にあった。
警備がいくら手薄なのだとしても、こんなにも簡単に足を踏み入れてもいいのだろうか——
そうためらったのも、わずかな時間だった。桜子は閂を開けると、白木の扉をそっと押し開けた。
天窓のおかげか、それほど暗くない。桜子は息をつめて音をたてないように奥へ向かった。
神座に安置された御樋代を探すのは、想像していたよりもたやすかった。窓から差し込む陽に、一箇所だけ照らされた場所があったからだ。
——水神の剣。
引き寄せられるように、桜子は光を帯びた剣の前に立った。それは十握ほどの長さで、反りをもたない直刀の剣だった。鞘は、漆を塗った鮫皮で包まれている。
母、撫子が神楽を舞うことで剣の守り手の宿命を負ったなら、それは断ち切らなければいけないのだ。
誰でもない、自分自身の力で。そう思った時には、飾りのある柄に触れていた。
鞘から引き抜くと、抜き身の剣は重さのわりに桜子の手に馴染むようだった。鋭い白刃の切っ先が陽にきらめく。
その光を手のひらで返した時には、桜子は最初のひと足をその地に印していた。最初、木太刀とはまったく違う重みに重心を取られたが、やがて次第に気にならなくなった。
重さがある分、刀身を体の中心に引き寄せればいい。そのやり方を、桜子は知っていた。いくつかの型を繰り返す頃には、いつもしているように無心になれた。
 




