乾家の嫡子( 3 )
——この人は良い人だ。もし薫や和人さんの言葉がなければ、本当に祝言を挙げたのかもしれない。
あんなに頑迷に振る舞っていたというのに。
「私——やらなければいけないことがあるの」
桜子はようやく、しぼりだすような声でそう言った。
「それをもう約束してしまったから」
惣之助はそれを聞いても、驚くような素振りは見せなかった。ただ、繋いだ手を握り返す。
「あなたの本音を、やっと聞けましたね」
そう前置きして、惣之助は桜子の視線をとらえた。
「そのやるべきことが終わったら、俺は改めてここに参上します。それでもいいですか」
桜子は目をそらすことができなかった。
——この人は、私が剣の守り手かどうかは問題にしないのだ。特別な力が私のなかに、なくてもかまわないのだ。
そう思った瞬間、頷いていた。
惣之助はそれを見て破顔した。
先のことは何も分からない。ただ、薫との約束を果たした後にも繋がってゆく未来があると思うと心強かった。
自分のことも把握できていない。それほど不確かな場所に桜子はいるのだ。
——おそらく、決行するとしたら明日だ。
桜を見に行かなくても、そうであることはもう明白だった。明日言納が行われるかもしれないのだ。
桜子は高鳴る鼓動を感じながら、それが惣之助のせいなのか確かな予感のせいなのか分からなくなった。




