夜桜( 4 )
「守り手の力って……どういう力なの」
桜子は、まだ話を呑み込めないまま尋ねた。自分に母と同じ力があるなんて信じられなかった。
薫はひそやかに声を抑えて言った。
「『水神の剣』と繋がる力だよ。高じさせれば予知をすることもできる。実際に撫子さんは、桜子さんの二年後に、僕が生まれてくるのを知っていた」
今度こそ桜子は何も言えなくなった。そんなばかな、とつぶやいたつもりが声にならない。
「僕は桜子さんを守るために、師範の稽古を特別に受けていた。縁談の話がもちあがった時、僕の役目は終わるはずだった。でも、このままでは本当に死期が迫る。撫子さんのように。
そうなる前に、僕は桜子さんのなかにあるものを、あるべき場所に還したいと思う。師範は反対しているけど、桜子さんを失う恐れがある以上、そうすることが正しいと思うんだ」
桜子はしばらく何も言えなかった。だが、最初の戸惑いが喉元を過ぎてゆくと怒りが胸を押し上げ、桜子は息ができなくなる気がした。
「そんな……大変なことを、どうして今の今まで黙ってたの?」
薫は声を抑えたまま言った。
「本人が無自覚の方が、安全だと思われていたんだよ。その力が閉ざされたままでいれば平気だと。でも、本当はそうではなかったんだ。彼が言うのだから間違いない」
「彼って——誰のこと」
桜子は、渦巻く怒りと悲しみを同時に感じながらつぶやいた。薫は目をわずかに細めて言った。
「今のことを言ったのは優だよ。僕に極秘で文が届いたんだ。今止めなければ、桜子さんは命を失う危険にさらされると」
優——
薫の口からその言葉を聞いた途端、桜子は殴られたような衝撃を感じて頰が熱くなった。
「どうして」
桜子がつぶやくと、薫は少し自嘲気味に応えた。
「連絡をよこしたのは、これが初めてだ。きっと向こうも焦っているんだろう。師範が『月読』になびかなかったから」
「それってどういう——」
「そもそも『月読』の狙いは、『水神の剣』でも、師範の身柄でもない」
桜子の言葉をさえぎって薫は言った。たんっと一歩踏み込んで間合いをつめ、色白の顔が急に間近にせまる。
「守り手の血を引き継ぐ桜子さんだよ。彼らはその力を欲している」
桜子は話の展開に、最早ついていけなくなりそうだった。
「『月読』って……その言い方は、優という人と関係があるということ?」
どこから聞けばいいのか分からなかったが、桜子が尋ねると薫は身を引き、わずかに首肯した。
「そうだよ。『月読』は、皇が手足のように使役する隠密組織。優は十五年前この里を出て、その組織の一部になったんだ」




