花弁( 1 )
いつのまにか桜は盛りを過ぎ、薄い花びらがしきりに散っていた。いつもは散る時期を見逃すことなどないのに、色んな物事に気をとられているせいで、今年はすっかり見落としてしまっている。
せめて今日だけでも桜を見ていようと思いたって、桜子は誰もいなくなった後も、前の石段に腰掛けて舞い続ける花吹雪を眺めた。
このところ秋津彦も勤めが忙しいのか、夕暮れを過ぎても帰らない日が多くなっている。
誰も彼もがせわしなく動いていた。暇を持て余しているのは、自分だけのような気がしてくる。
それでも桜子は、端から今の立場を甘んじて受け入れ続けるつもりなどはなかった。誰にも必要とされない立場でも、たとえ咎められても、やるべきことが自分にもある気がした。
それは二つ年下である薫が、あの日妙な振る舞いをしたせいでもあった。いつまでも弟のような存在だとばかり思っていたのに。あのとき薫が見せた挙措には、桜子をはるかに凌ぐものがあった。
同年の者には誰にも負けない自負があっただけに、あの一件はまだ重くこたえていた。
——と、
ひっきりなしに舞い落ちる桜の花びらを眺めているうちに、桜子の心に浮かぶものがあった。桜子は、身の内の不自然な違和感を探し当てたかのようにハッとした。
——あのとき、おじいちゃんが言った「優」というのは薫のお父さんだ。行方不明になっているという……
今の今まで、それに気づかなかった。
普段はまったく耳にしない名前のため、すぐに思いだすことができなかった。優という名前を、どこかで聞いた覚えはあったのだ。それに気づいた途端、桜子は動悸が速くなる気がした。
薫の父について、桜子はまったく知らないと言っていい。でも祖父の漏らした「優」という名が、薫の父の名であることは間違いなかった。
薫が昔、自分でそう言ったのだ。