桂木
夕暮れの前に小山を降りて家にたどり着いた桜子は、秋津彦にさんざん叱られた。夏芽にもこっそり嫌味を言われたほどだ。天気が天気だけに、秋津彦も心配したのだろう。
桜子の様子に覇気がなく、どこか悄然としているのを反省している色ととったのか、謹慎させられることだけは免れた。
祖父に詳しい事情——『月読』という組織や薫のこと——を聞きたかったが、稽古場に行ってもあいにく不在だった。そこでは連日、師範代の桂木が瑞彦の代わりに取り仕切っていた。
***
いつまでも祖父が帰ってこないことに焦れた桜子は、稽古を終えたある日、桂木の方に歩み寄って言った。
「おじいちゃんがどこに行ったかを、桂木さんは詳しく聞いているの」
桂木は里のなかでも、人の良い壮年の田堵で、昔から稽古場に通う一人だった。彼は桜子を見ると、大きく首を振った。
「それが突然のことで、私もよく知らないんですよ」
その言葉が本当かどうか、桜子は分からなかった。
でもそう言われた以上、さらに追及することはできなかった。桜子は話題を変えた。
「薫は——おじいちゃんの内弟子の、和人さんのところに今もいるの」
和人とは、身寄りのない薫の世話をしてくれた里の名主だった。
桂木はいきなり薫のことを聞かれ、やや困惑した様子だった。
「たぶんそうでしょう。今もそうだと断言はできませんが」
含んだような物言いに、桜子は口をつぐんだ。桂木も一連の出来事について、何か知っているのだ。そしてそれを桜子に言う気はないのだ。
そう思うとやりきれなくて、桜子は何も言わずに表に出た。