和御魂
桜子が問い返す前に、優は言った。
「以前、京の皇女に大蛇の荒御魂が取り憑いたことは、話してなかったな。
実はそのとき、もう半分の——大蛇の和御魂は、薫に取り憑いたんだ」
桜子が目を見張る。
優は今まで明かさなかったことを、ようやく語れるという風情で言った。
「あいつが水脈筋を深く潜れたのは、そのせいもあるんだよ。幼い頃から、特別な異能が薫には備わっていた。だからこそ、『月読』に目をつけられたわけだが」
「半分死んでいるって——魂が体を離れているということ?」
「桜子はそうだったな」
優は、それを見てきたかのような自然さで言った。
「薫の場合、物心がつく前には、大蛇の神霊がその身に取り憑いていた。本人はそれを自覚していなかったが、あいつは半分だけ人間だったんだ。審神者でも、すごく特殊な部類だよ。そうでなければ、暗殺を主とする『月読』が取り逃がすはずもない。
人の姿を保っていられたのは、桜子を守る使命が課せられていたからだ」
「そんな——それじゃあ半分というのは、人としての薫が死んだという意味なの」
優は被りを振った。
「川下まで行ったが、遺体は見つからなかった。あいつはどこかにいるよ。桂木が最後に、見たと言っている」
桂木の名前を持ちだされ、桜子は胸が痛んだ。
利き腕を失った桂木の痛手は、とても桜子があがなうことはできない。表情が途端にかげったのを見て、優はなだめるような声で言い聞かせた。
「自分をあまり責めない方がいい。しばらくは不自由だろうが、桂木なら義手を使いこなせるようになる。この身で桜子を守ることができて本望だと、そう言っていたぞ」
「桂木さんに会ったの」
今まで音信不通で通していた優の行動とは思えなかった。優は、ばつが悪そうな顔をした。
「見舞いに痛みどめの薬草を送っただけだ。蒴藿と言ってな。煎じて飲めば、いい薬になる。
本当は俺が、最後までついているべきだった。桂木の腕が良くなるまでの責任は、俺も負う」
桜子は、今度こそ目を見開いた。
(優さん——変わった。里を滅ぼせばいいと言っていたのに)
撫子の神楽舞いが、優の怨恨を変えたのかもしれない。そう語る口調は、いつになく晴れやかだった。