物思い( 1 )——桔梗の方
返礼の綾絹は、朱鷺色に金糸で花鳥を縫いつけた稀少な品だった。仕立てさせたら、さぞ見栄えのする衣になるだろう。
灯火のもとで文机にむかいながら、しかし、そのあでやかな生絹を見ても、桔梗は暗く沈み込んでいた。
剣の巫女を得られなかったことが、未だ重い痛手となっていた。
桔梗は、朱雀帝にあてる文を認める直前に、和人に命じた暗殺が、遂行されずに終わったことを知った。ついに遺体は見つからなかった、と。
それを不甲斐なく思う気持ちは、桔梗のなかにはなかった。ただ——やはり、と思っただけだった。
やはり、あの童男は人ではない面をあわせもつ異形のものだったのか、と。
陰陽師なら、それを鬼だと判じるのかもしれない。
あるいは物の怪だと。
しかしあの童男は、それほど禍々しいものには見えなかった。一見、どこにでもいるような普通の少年のように映ったのだ。
文には、大蛇となった童男を巫女が斬ったのでは、と記したが、それは誤りだった。桜子が間違って、あの少年を斬るとは思えなかった。
剣を振ったとき、あの童男が応えた気がしたのだ。身をやつして網代車に入り、退出するさなかだったため、正確には聞き取れなかったが——だとすると童男は生きていることになる。
和人をあの場に残したのは、まだ童男がいるなら、息の根をとめておきたいと思ったからだった。
暗殺を命じたのは、陰陽師の占が発端だった。忍びの里に、黄泉の淵を広げる童男がいる——と。
皇にとって害となるならば、早く摘み取っておくべきと思ったのだ。
(結局私は、何もできなかった。災禍の元凶である童男を殺すことも。巫女を得ることも)
そう思うと、苦い気持ちが胸に広がった。
今まで殺しすぎた報いなのかもしれない。
帝が暗殺を命じたことはなかった。
ただの一度も。
しかし大后の立場で内裏を見れば、誰が帝に仇なす敵であるかは、手に取るように分かった。だから、命じたのだ。
ためらいなく、今までそうしてきた。帝のほかに、守りたいものなどなかった。
心境に変化が生じたのは、瑞彦についで、優が組織を抜けてからかもしれない。
桔梗はあえて、忍びの面々を泳がせるつもりでいた。優の暗殺を厳しく命じなかったのは、明確な理由がないと思ったからだ。本当は理由など、いくらでもつくりだせたのに。
秘匿された息子——薫が何に憑かれているのか、桔梗は知っていた。だから、必要以上に恐れていた。
朱雀帝が、皇女二ノ宮と同じ大蛇の祟りにあうことを。そのためなら、どんなことでもするつもりでいたのだ。