佇む影
いずれ海へ流れでる五瀬川の広大な河岸に、佇むひとつの影を見つけたとき、優は相手の狙いが自分と同じであることに気がついた。
この距離なら、むこうもこちらに気づいているだろう。そして、敢えて攻撃を仕掛けてこない理由も予測した。
そのまま立ち去ってもよかったが、進行方向にいる相手を無視することもできない。優は目視できるところまで近づくと、仕方なくといった体で声をかけた。
「探しものは、見つかったのか」
先の豪雨で、川の流れは大分変化していた。
まだ土砂の混じるところはあったが、当初に比べれば落ちつきを取り戻している。空に晴れ間がのぞくのも久し振りだった。
相手は黒装束ではなく、茅色の直垂をまとい、藍染めの括り袴に脚絆をつけていた。そうしていると、里の住人と何ら変わらない。
しかし、優に対する声音には棘が含まれていた。
「お前がここにいるのは、首を差しだすためか。なぜ、まだこんなところにいる」
「それはこっちの台詞だ。お前こそ——薫を探しているんだろう」
薫の遺体を、とはつけ加えなかった。
和人は、胡乱な目で優をにらみつけた。できれば関わりあいたくない、とはっきり表れている態度だった。
「あいつを抹殺するのが、俺の使命だった。『月読』のあるじが、それを望んだからだ。いつでも殺せると、高を括っていた」
優は、それを聞き流すことにした。
和人に薫を預けたのは、優だ。それは、薫が生き残れると踏んでいたからだ。
里を出る間際、幼い薫を連れて『月読』に潜入することはできなかった。和人に身柄を預けても、すぐに殺されるような事態にならないことを、優は知っていた。——皮肉にも、と言うべきかもしれない。
親心がなかったわけではない。あのときは、そうするしか他にすべがなかった。
『月読』から薫の暗殺を命じられたとき、和人は相手は子供だと油断しただろう。たかが忍びの子供にすぎないと。それは半分嘘で、半分は当たっていた。
和人は優と同様、すねまで川の水につかりながら、おもむろに懐の脇差しを引き抜くと、優へ半身になって斬りつけた。
一瞬の動きだった。
川の飛沫が鋭い音をたてる。
手甲をつけていたのが幸いした。それでも、刃は薄く皮膚を削いだようだった。赤い血の滴が端からしたたり落ちる。
優はまったく表情を変えなかった。
対する和人は、至近距離で切っ先をあてたまま、暗く沈んだ眼差しを優にむけた。