書簡——朱雀帝
同じ頃、京の紫宸殿においては、朱雀帝が同時にふたつの書簡を受けとっていた。
ひとつは隠密『月読』からのもので、忍びの里での経緯が克明に書かれていた。
黄泉の淵が開いたことにより、災いがもたらされていることは、陰陽寮の占でも判じられていた。そのため『月読』のあるじ——大后の桔梗は、元凶の審神者を殺めようとしたのだ。
朱雀帝自身、ニノ宮の死があってから祟りを鎮めるすべを欲していた。そのさなかに申し出があったため、事の経過を気にかけてはいたのだ。
古来、隼人と呼ばれた異能の者たちを、心の底で恐れる気持ちもあった。
書簡には、『水神の剣』に斎く巫女によって、黄泉の穴がふさがれたことが第一に記されていた。
一方で、審神者の姿は行方知れずとなり、探してはいるが見つけられないことも——水脈の大蛇と通じ、斬られたのではないか——との憶測も述べられていた。
そしてもうひとつは、朝敵となり新皇と名乗りをあげた逆賊、平将門が討ち取られたことを記す書簡だった。京の獄門に、その首がさらされたことも。
決起から二ヶ月あまりが経過しており、ようやく討ち取ったか——と、帝は心の内で胸をなでおろした。
これも、災禍を招くという黄泉の入り口がふさがれたからではないか、とあわせて考えると、感慨深い気持ちが湧きあがる。
地底にいる大蛇を巫女が鎮め、地上にいる蛮族の朽縄は、とうとう退治されたというわけだ——と。
桔梗の方からの文には、扇が添えられていた。
白竹の親橋に紫苑色の羅を張った面には、金箔がところどころに散っている。
時季にふさわしく、菊や女郎花、薄といった秋草が描かれていた。華美に過ぎないところが小粋に見えるものの、生地の光沢からひと目で上質なものと分かる品だった。
そこには、桔梗の方の筆跡と見える流麗なくずし字で、和歌が書かれている。
曰く、
君が手に まかする秋の風なれば
なびかぬ草もあらじと思ふ
——と。
それは、
『この扇はわが君の御手にまかせ、思いのままに出していただく秋の風ですから、その徳のあまりなびかない草もあるまいと存じます』
という意で、水神の剣の巫女を欲するかどうかが、暗に問われていた。
朱雀帝は脇息にもたれながら、その扇を眺めた。
本当にその巫女が大蛇を鎮めるほどの異能の持ち主ならば、呼び寄せるのも一興と思ったのだ。
この目でそのさまを愛でたい気もしたが、一方で、無為に摘んではならないような気もする。
食指が動くのは、彼女の母——撫子を、摘みそこねてしまったからかもしれない。あれはもう少しのところで、指の間をすり抜けていってしまった。
朱雀帝はしばし沈思したのち、自ら墨をすり、桔梗の方へ褒賞の綾絹とともに、返事の文を送ることにした。