衝撃的ビフォーアフター
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私、剣聖ことセドリックは今までの旅路を思い出していた。
最初こそ大変なだけだった旅だが、今では苦しくも楽しい。転機となったのはあの日、勇者様がエレファードンと戦ったあの日だ。
あの日から勇者様は壊れてしまった。正確には元々壊れていたのが治ったというのだろうか。
勇者様は前までの変態加減が嘘のように無くなり、正に名実ともに勇者となられた。あの日以来毎日欠かさずに勇者様に教育を施してきた聖戦士『アイル』殿の努力の賜物だろう。彼の変わりようには目を見張った。
例えば、魔物の群れに襲われている町を見つければ、
「皆!僕が、勇者が助けに来ました!だからもう安心して、必ず守るよ!」
と言って数多の魔物を打ち倒し。町の衛兵達には的確に指示を出して魔物から町とその住人達を守った。死者は衛兵から数人出たのみで、大発生した魔物からの防衛戦としては最良と言っても良いほどの結果。有言実行で町の住人を守りきったのだ。
そして、旅先で助けた少女から言い寄られれば。
「その言葉は、とても嬉しいよ。でも、僕にはもう第二王女の『リディア』っていう婚約者が居るんだ。僕は彼女一筋で生きていきたいと思ってるから、ごめんね」
「そう、でしたか…………いえ、婚約者の方一筋なんて、とても素敵なことだと思います。し、つれい……しました………っ」
「あっ…………」
泣きながら走っていってしまった少女に一瞬手を伸ばしかけるも、勇者様は追いかけることはしなかった。勇者様は自分の立場をしっかりと理解するようになった。彼女に期待を持たせるような事はしてはいけないと、慰めたいのを我慢したのだ。
そして代わりに、
「君、さっきから見てたみたいだけど。彼女の事が好きなのかな?」
「うっ………いや、そんなこと………」
「君と彼女の関係は知らない。でもつい昨日見た様子だと付き合いも長そうだし、仲も良さそうだった。今、彼女の事を癒してあげられるのは君だけなんじゃないかな」
「…………………」
「今すぐじゃなくて良い。でも、自分の気持ちはちゃんと言葉にしないと伝わらないよ」
「…………クソ勇者ッッ……………!」
顔を下に向けて少女のあとを追って走っていく盗み聞きしていた少年。後ろから見ていた私はよく覚えている。
魔王の城を目前にしたつい最近、彼等から手紙が送られてきた。どうやら無事に彼と彼女は結ばれたらしい。勇者様達には是非また会いに来てほしい、旅の無事と成功を祈っていますとの事だった。
勇者様はその手紙を読んで泣いていた。『良かった、恋が実ったんだなアイツ』と言って何度も読み返しては『良かった、良かった』と言って涙を拭っていた。
そういえば、勇者様が第二王女様と手紙のやりとりを始めたのもあのエレファードンとの戦いの後ぐらいだった。聖戦士殿に『将来苦楽を共にする相手なのだからお互いによく知っておくべき』だと言われて始めていた筈だ。『字が汚い』と言われて何度も直されていたのを覚えている。今では子供が書いたような字しか書けなかった勇者様も達筆になられた。
第二王女様も勇者様からの手紙にはとても喜んだようで、勇者様は王女様からの手紙が届く度に嬉しそうな顔をしてその手紙を読んでいた。それはもう、手紙がしわくちゃになるほど何度も読み返していた。
手紙のやりとりを初めて何回目かからは互いに愛称で呼び始めたのか、ある時食事の席で『早く魔王を倒してリディに会いたい』と勇者様がこぼしていたのを覚えている。あの時は『あの勇者様がこんな顔をするようになったのか』と驚きのあまり勇者様の顔を二度見してしまった。
勇者様は何処へ行っても大活躍だった。
大きな盗賊団に村が襲われ、村の女性達が拐われた上に金目のものが全て奪われたと聞けば、勇者様は聖戦士殿や私と共に取り返しのつかなくなる前に圧倒的戦力で盗賊団を捩じ伏せ、女性達や奪われた物を取り戻した。
勇者のお気に入りになろうとした権力者にすり寄られれば、聖戦士殿と共にその権力者が過去に行っていた不正の証拠を瞬く間に集めてきて突き付け、逆に勇者様の言いなりになるようにした。この時私も少しだけお力添えしたことはちょっとした自慢だ。
ある町の長を任されていた貴族なんかはその不正の証拠を突き付けられた時に勇者様に言われた言葉によって目が覚め、町民達からの信頼も少しずつ取り戻してきていると言う。
ある漁村で『海に巨大な鮫の魔物が出るようになったせいで漁に出る事が出来ない』という話を聞けば、勇者様は聖戦士殿と共に小舟で大海原に出撃し、大漁旗を掲げて巨大な鮫の魔物の死骸を持って帰ってきた。鮫の肉といえば、臭みの強い物が多く食用に向かないものがほとんどなのだが、流石は魔物と言うべきか肉はとても美味だった。村人達もこれには大喜びで、二日間に渡って祝いの宴が開かれた。
そして、王都の大聖堂と対をなす『聖地アルゴ』にて。勇者様と聖戦士殿は其処の大聖堂の最高権力者『大神官セラフ』殿が既に殺されており、その正体が高位の魔物であることを即座に見抜いた。勿論その場ですぐに戦いとなり、案の定と言うべきか聖戦士殿の強力無比な強化魔法によって超強化された勇者様の一撃によって魔物が即死したことで勝利をおさめた。
本物のセラフ殿の遺体は聖地アルゴからほど近い山脈の谷底に落とされており、白骨化した状態で見つかった。生前のセラフ殿は権力者でありながら傲る事無く、近隣の町村に住む平民達からも親しまれていたと言う。彼の遺体を見た勇者様は酷く心を痛められた様子だった。
セラフ殿の遺体は彼の生前からの願いから、ごく一般的な鉄の棺桶に納められ、多くの人々に見守られて聖なる地に葬られた。
更に、世界有数の火山帯である『コプリア地方』に来たときの事。巨大なドラゴンが暴れまわり、周りの村や森などが滅茶苦茶に破壊されていたのだが、様子がおかしい事に気付いた勇者様によってドラゴンは捕らえられて聖戦士殿と聖女様によって診察された。すると、ドラゴンは何者かによって毒を盛られており、その毒によって暴れるほど動かないと全身に激痛が走るようにされていた事が判明した。ドラゴンは毒についての知識が深かった賢者様と、癒しの力に絶対の自信を持つ聖女様によって治療された。今では私達になついたのか新しい旅の仲間としてついてきている。
と、まあ勇者様について色々と思い出してみたが、正直言って私は怖い。何故ならあれだけ自分勝手で馬鹿で変態だったあの勇者がここまで人格者になったとかいったいどんなことをされてしまったのかと想像してしまうからだ。
おそらく切っ掛けはあの泥人形なのだろうが(あの少女が聖戦士殿の作った泥人形だと知ったときの勇者様の顔は今まで見た勇者様の顔の中で一番ひどかった)、いくらなんでも変化前と変化後の前後のギャップがおかし過ぎる。
気が付いたら勇者様はぶっ壊れていたとしか言えない。どうしてこうなった。
「ん?どうした、セドリック。僕の顔に何か付いてたかな?」
「いえ………何でもありませんよ。少し今までの事を思い出していただけです」
「ん、そうなの?ってメイザーこらこら、あんまりじゃれないでくれよ。お前は甘えん坊さんだなぁ」
「クキュルルル♪クキュゥゥゥ♪」
巨大なドラゴンが親に甘える仔犬のように顔を擦り付ける。プライドが高く単独行動を好むドラゴンの、普通ではあり得ない光景だ。余程勇者様は気に入られたのだろう。
勇者様のカリスマはとどまることを知らない。何処の町に行っても私達勇者パーティーは歓迎され、勇者コールが沸き起こる。私は未だに馴れないのだが、それに笑顔で手を振って答える勇者様は凄い。正にお伽噺の中から飛び出してきたかのような勇者だ。
再び勇者様に目を向けると、彼はドラゴンのメイザーをなだめると私達の方を向いた。
「皆、今までありがとう。勇者の力に頼ってばかりで、自分勝手で我儘だった僕をここまで見捨てないで支えてくれて、本当に感謝してる」
勇者様は頭を下げた。慌てて彼の頭を上げさせようとすると聖戦士殿に止められた。口に人差し指を当てて『彼の話を最後まで聞いて下さい』と目で伝えてくる。私は彼の言う通りに伸ばしかけた腕を引っ込めて勇者様を見た。
勇者様は頭を上げて再び私達に向き直る。
「明日は遂に、魔王との戦いだ。今まで一番、辛く、厳しい戦いになると思う。それでも、僕に、ついてきてくれますか」
「勿論ですよ、勇者様」
「………アイルさん」
真っ先に答えたのはアイル殿だった。
勇者様は目に涙を浮かべてアイル殿を見る。
勇者様とは一番仲が悪かったはずなのに。節操なしだった頃の勇者様に婚約者を狙われて、一番怒っていたのは彼だったのに。
「ついていくよ、勇者様。馬鹿と変態は治ったみたいだしね」
「馬鹿と変態って…………まぁ、その通りだったか。その、ミリアさん、ずっと迷惑掛けていて済みませんでした」
「全く、もう謝らなくて良いって。これで謝るの24回目だよ?」
そう言って苦笑いしたのはミリア嬢。
彼女も、一度あの勇者様に未遂とはいえ強姦されかけている。幸い我らが勇者パーティーの最高戦力である聖戦士殿が婚約者だったおかげで難を逃れたが、あの時の怒りは怒りを通り越して最早呆れにまでなっていた。勇者様を嫌悪していた一人だが、彼女も最後まで共に戦い抜くと誓った。
「良いよ勇者。手、貸したげる」
「あ"りがどう、アリシアざん"」
「泣くな勇者。泣くのは勝ってからの嬉し泣きにしろ」
本格的に泣き始めた勇者にアリシア嬢がハンカチを手渡した。勇者様は『ありがとう、ありがとう』と言って流れ続ける涙を拭う。
あの時から、勇者様は壊れた。
壊れたけど、勇者様は今の方がずっと幸せそうで、生き生きとしている。
そうだとも、別に良いじゃないか。壊れてたって。
「勇者様、私もお供しますよ。必ず勝って、皆さんで生きて帰りましょう」
「う"ん"………………う"ん"っっ!」
勇者様の涙でもうハンカチはぐしょぐしょだ。感極まったのだろう。勇者様は涙腺も弛くなられたようだ。
「キュルルルルル!」
メイザーが『僕も』とでも言うように勇者様に寄り添った。
勇者様はメイザーの首に手を当てて『そうだな、お前もだな』と言ってまた泣いた。
【魔王】
何十年、又は何百年かに一度現れる魔族の中でも特に強い力を持った個体の事。本来魔族とは姿形も人間とほぼ変わり無く、人間の国と魔族の国との間には国交も敷かれている。
しかし、この魔王と呼ばれる個体が何らかの理由により人間を嫌っている、又は憎んでいる場合には勇者を召喚しなければならない事態となる。その理由は魔王が魔族のみに効く【洗脳】の能力を持っているからである。
魔王の洗脳によって纏めあげられた魔族は通常時よりも非常に高い戦闘力を持っており、正面からぶつかり合うのは得策とは言えず、又、洗脳されているだけの魔族を人間側の理由で殺すわけにもいかないので勇者パーティーという少数精鋭のパーティーが組まれる。
アイル達も、道中襲ってくる魔族を無闇やたらに殺すことは無かった。大抵の下っ端の魔族はアイルやセドリック達が押さえ付けてからミリアとアリシアが洗脳を解除していた。




