その4
きしむような音を立てて、“ズギューン!”の機材車は、ゆっくりと駐車場に停まった。
「やっぱり、空気が違うね。」
車から降りたアイヴィーは、東京とは…高円寺とは違う爽やかな空気を深々と吸い込んだ。グッと体を伸ばし、長いドライブでこわばった身体をほぐす。
こんなことを、もう何年も続けている。
これからも、ずっと。
目の前には、一見するとログ調の大きな住居にしか見えない建物。ここが、今夜のハコ。
向こうから、緑髪のモヒカン亭主がこっちに向かってくる。
「ゲンちゃーん!」
「おー、アイヴィー!よく来たね~。」
次々とやってくる仲間たちとの熱い握手、抱擁。日本中、世界中、どの街に行っても変わらない。どの街でも、最高のひと時。
みんなでおしゃべりをしながら、ハコの入り口に向かう。ウッドの素敵なドア、その横には白い看板に『バレルハウス・カプカプ』の文字。
「やっとカプカプに来られたよ。やっとだよ。」
「アイヴィーと最初に約束してから、ずいぶん経っちゃったもんな~。」
「ホントだね。でも、待った甲斐があったよ。」
そう言って、アイヴィーは看板をしみじみと眺めた。その下にはブラックボードが貼られ、今晩の出演バンドとイヴェント名が記されている。
そこには、彼の名前も刻まれていた。
「…トオル君が、呼んでくれたんだしね。」
「俺もさ、今日、トオルさんがアイヴィーたちのこと、呼んでくれてさ。本当に良かったと、思ってるんだ。」
「ゲンちゃんが快くオッケーしてくれたからだよ。おかげで、ここに来たい理由がもっともっと大きくなったから。」
「そんなの、なんもだよー。全部、トオルさんとアイヴィーの人柄さー。」
「トオル君の人柄、だね。」
身体は別のところへ行ってしまっても、思いはこうして残っている。
今夜、彼も来てくれるといいな。
「…来るに決まってるよ、自分の企画だもん。」
小さくつぶやいて、アイヴィーは木の扉を押し開けた。
「アーイーヴィー!きーたー!」
バー・カウンターから、屈託のない笑顔がアイヴィーを迎えてくれた。
「ぢゃい子―!会いたかったー!」
またひとつ、笑顔の花が咲きほこった。
噂で聞いていた通り、カプカプは最高のハコだった!
バレルハウスという名がピッタリの、木の香りが漂う店内。小さな小さな、フロアとステージの区別もないハコだけど、オーナー夫婦の愛情がこぼれんばかりに詰め込まれ、その場にいるだけで楽しくなる。
出演者だけでいっぱいになりそうなキャパのところへ、これでもか!というくらいに客があふれ返っていた。後で聞いたら、「逆ノルマ」っていうのがかかっていたらしい。逆ノルマ=入りきれないから客を呼ぶな!だって。それでもお構いなしに、県内外から大勢の仲間がやってきてくれた。
カプカプの美味しいビールを堪能しながら、アイヴィーは終始ご機嫌だった。
出演者は大好きなバンドばかり。肩を叩かれ、声をかけられるたびに懐かしい再会や新たな出会いがある。これじゃ、自分たちの出番が始まるまでに酔い潰れちゃいそう!
でも、今日はいいステージになる予感がする。
彼が、最高のおぜん立てをしてくれたから。
カプカプの空気が最高潮に達したところで、“ズギューン!”の出番がやって来た。
SEや外からの入場なんてものは、今夜に限っては必要ない。このハコには、このハコに似合うやりかたがある。
セッティングを終えた“ズギューン!”は既に準備万端。
アイヴィーもステージの真ん中に立ち、お互いの顔がくっつかんばかりに近くまで来ているオーディエンスの顔を眺めて気分を高めていた。
彼に届くように。
思いを、吐き出す。
グッと頭を後ろにそらすと、アイヴィーはマイクに向かって吠えたてた。