その3
それから、彼と会うことはなかった。
ほどなくして、彼からSNSを通じてメッセージと友達申請が届き、アイヴィーも返事を返した。
アイヴィー自身は特にSNSにに熱心、というわけではないけど、彼はたまの書き込みにも丁寧に反応し、時には気の利いたコメントを返してくれた。アイヴィーもSNSを開いたときは、彼の書き込みをチェックするようにしていた。
年が明け、冬も終わり頃。そろそろライダースが重たく感じるようになってきた頃から、アイヴィーは彼の書き込みを見て、胸がザワザワするようになってきた。
初めて会った時も、前のバンドの頃のイメージからは「痩せたなあ」と思っていたけど。
日を追うごとに、その風貌が顕著に変わっていく。
そして、闘病を示唆する文章。
すでに、彼が何の病気であったのかは知っていた。
それが完治するとは限らない病気だということも。
それでも彼は常に前向きでポジティブで、現在を目いっぱい楽しみ、今を生きていた。ライヴもするしライヴにも行く。その行動は自分たちと何も変わらない。
どうやら病気が再発したらしいこと。
状況が厳しいものであることも自覚し、それを包み隠さずさらけ出し、しかも悲壮感を感じさせない言葉。なかなか、できることじゃない。
だからこそ、周りの仲間たちも後ろ向きにならず、素直に力強い言葉をかけることができていた。
アイヴィーはそんな彼の状況をSNSで気にしながら、安易な言葉はかけられないと感じていた。
自分は自分のやり方で。
岩手に桜が咲くころ。
彼はホームである、あのハコで仲間たちとライヴを終え、検査のために再び入院した。とても熱い熱いライヴだったそうで、アイヴィーも可能なら駆けつけたかったが、あいにく“ズギューン!”もツアーの真っ最中で、顔を出すことはかなわなかった。
会えないんなら、せめて電話。
だけど、病院じゃ迷惑かかるしな。
アイヴィーは歯がゆい思いで、彼にアプリからメッセージを送った。
『浴衣、似合ってるね』
病室から浴衣でピースサインを出した彼の写真に、飽くなき前向きさを感じて。笑ってくれればいいけど。
『ありがとう!元がいいからね』
すぐに返事が返ってきた。
彼は仲間からの言葉を糧にして、命を燃やしている。そう思うと、もっと早く連絡すれば良かった、とアイヴィーにしては珍しく後悔の念が顔を持ち上げた。
『でも、前に会った時のカッコの方が、もっと似合うよ』
『当然だね』
『夏の企画、ホント楽しみにしてるからね』
『ありがとう!俺も楽しみだよ』
他愛ないやりとりだけど、そこに込められたのは本気の約束。
企画で、いいステージやるからさ。
トオル君、がんばってよ。
『何でも好きな曲、リクエストしてよ~演るから!』
『ありがとう!俺は“ズギューン!”のファンだよ!』
どこまでも真っすぐで純粋な言葉に、胸が熱くなる。
元気づけるつもりが、元気づけられちゃったな。
彼は、あの最初に会ったライヴで“ズギューン!”が1曲目に演奏した曲をリクエストしてくれた。
数日後、アイヴィーはツアー先でのリハの後、ギタリストのゴンちゃんに協力してもらって、その曲のアコースティック・バージョンを二人で演奏し、スマホで撮影した動画を彼に送った。
それくらいしか、彼に力を贈る方法を思いつかなかった。
大型連休が過ぎ、彼がSNSを更新する頻度は徐々に減っていたけど、返信はすぐに届いた。
『ありがとう!じっくり聴いて感想送るね!』
それが、彼と交わした最後のメッセージだった。
数日後。
また違う街でのツアー。
リハを終え、地上へ出てきたアイヴィーに、仲間から一本の連絡が入った。
とても天気の良い日で、太陽はさんさんと輝き、飛行機雲がどこまでも青い空に伸びている。
メッセージを最後まで読み終えると、アイヴィーは天を見上げた。
あの雲のどこかに、トオル君もいるのかな。
「…まだ動画の感想、もらってないよ。」
そうつぶやいたアイヴィーの片目から、涙がひと粒、ポロリとこぼれ落ちた。
たった一度しか会うことのなかった仲間だけど。
大切なものを、たくさんくれた。
大切な約束も残してくれた。
あの曲の感想をもらうのは、当分先になっちゃったけど。
それでも、会いに行かなくちゃ。






