女賞金稼ぎ
「8000ドルとかあったらさ」
サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。
「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」
「そうですか。何をお求めに?」
女性の手には、空になったグラスが握られている。
「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で由緒あるお屋敷を買って、ふわっふわのかわいい仔猫とか膝に乗せて、のんびり過ごしたいの」
「それは結構ですな」
一方、サルーンのマスターは適当な相槌を打ちながら、皿を綺麗に磨いている。
「しかし8000ドルなどと言うのは、一市民には到底手の届かない額です。
先程からお客様、あの手配書を肴に話をなさっていらっしゃいますが、もしかして……」
「ええ、賞金稼ぎよ。一応ね。……実は8000ドルよりもっと多く、お金持ってたこともあったんだけど、……結局この国、いいえ、この西部をウロウロしてる間に、いつも使い潰しちゃうのよね」
「ほう……、結構な腕利き、と言うわけですな。過去にはどんな大物を?」
「そうね、言って知ってるかどうか分かんないけど……、『ハンサム・ジョー』とか、『メジャー・マッド』とか」
「うん? ……いえ、聞いた覚えがありますね。いずれも凶悪な賞金首で、討ち取ったのは、……なるほど、女性と聞いています。
その賞金稼ぎの名は、確か……『フェアリー』」
「正確には『フェアリー・ミヌー』よ。かわいいでしょ?」
「ええ」
うなずいたマスターに、「フェアリー」――エミル・ミヌーはにこっと笑って見せた。
と――サルーンの戸が乱暴に開かれ、マスクを付けた薄汚い身なりの若者たちが4人、ぞろぞろと押し入ってきた。
「おい、そこの女!」
「あたし?」
エミルが応じるなり、若者の一人が人差し指を彼女に向かって突きつける。
「お前、余所者だな?」
「そうよ」
「来い」
横柄にそう命じてきた若者に、エミルはくすっと笑って返す。
「あたしに言うこと聞かせたいならまず、お金払いなさいな」
「あ?」
「用事は何? 一緒にデート? それとももっと楽しいことかしら? 高く付くけどね」
「ふ、……ふざけてんじゃねえぞ! 来いと言ったら、つべこべ言わずさっさと……」
若者が怒鳴り終らないうちに、突然仰向けに、ばたんと倒れた。
彼は白目をむいており、そのマスクは酒と鼻血らしきもので、ぐしょぐしょに濡れている。エミルが持っていたグラスを、彼に投げ付けたのだ。
「二度も言わせる気? あたしに言うこと聞かせたいなら、力ずくなんて野蛮な真似はよしてちょうだいな。
あ、マスターさん。グラス、いくらだったかしら」
投げたグラスを弁償しようとしたエミルに対し、マスターは苦い顔を返す。
「ミス・ミヌー。今のはいけません……。すぐに謝って、言うことを聞いた方がいいかと」
「なんで?」
「その……、あいつら、いえ、彼らは……」
口ごもるマスターに代わる形で、残りの若者たちが答えた。
「俺たちはこの町の番人、『ウルフ・ライダーズ』の者だ」
「穏便に事を運ぼうと思ったが、仲間がこんな目に遭ったとなりゃ、話は別だ」
若者たちは一斉に、腰に提げていた拳銃を取り出し、エミルに向けて構えた。
「金がほしいと言ったな? 1ドル分の鉛弾でよければここにいる3人が、目一杯くれてやるぜ?」
「それも嫌だってんなら、つべこべ言わずにさっさと来てもらおうか」
「……はーい、はい」
エミルは肩をすくめて、彼らの方へと歩いて行った。