名探偵の登場
ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。
「……っ!」
ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。
「ディーン!?」「お、おい……!」
エミルとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。
ところが――。
「あれ?」
ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。
「オレ、……撃たれてねえ」
「へ?」「え?」
一転、エミルたちも目を丸くした。
「……うっ、お、……おお」
反対に、「ウルフ」がうずくまり、先程まで拳銃を握っていた右腕を、左手で押さえようとしている。
「している」と言うのは、その押さえようとしている右腕が肘の先からズタズタになり、消し飛んでしまっていたからだ。
「て、てめ、え……」
顔中に脂汗を浮かべながら、「ウルフ」は横を向いた。
「え……?」「まさか?」
「ウルフ」の視線の先には、先程までずっと下を向き、皿を拭いていたマスターの姿があった。
そのマスターは今、右手一本でショットガンを構えている。どうやら「ウルフ」がディーンを撃ち殺そうとするその直前に、マスターが「ウルフ」を銃撃したらしい。
「ようやく正体を現したな、『ウルフ』。いや、ウィリス・ウォルトン」
「な、に……? 何故、俺の、名前を……っ」
うずくまったまま尋ねた「ウルフ」に、マスターはニヤ、と笑って見せた。
次の瞬間、エミルもアデルも、ディーンも、そして恐らくは「ウルフ」とその部下たちも、これ以上無いくらいに驚かされた。
それまでずっと、黙々とカウンターの中に突っ立っていたマスターが、いきなりぐい、と己のヒゲをつかみ、引き千切ったのだ。
「いてて……、まあ、ちょっとばかり待ってくれ」
そうつぶやきながら、次にマスターは白髪まじりの頭髪に手をかけ、はぎ取る。続いて蝶ネクタイを緩め、ベストを脱ぎ、緩められた襟元に手を入れて肉じゅばんを取り出し、それまで皿を拭いていたタオルで顔のしわをつるりと拭き取り、そして極め付けにはなんと、急に7インチも背を伸ばして見せたのだ。
つい先程まで老人だったはずのマスターが、いかにも聡明そうな、しかしどこかひょうきんさも感じさせる、痩せた壮年の男へと変身したのだ。
「て、てめえ、誰なんだ」
「東洋のことわざを引用していたが、これは知っているかな? 東洋の狐は人に化けるそうだ。わたしも同じ『狐』なら、他人に化けることなんか造作も無い。
お前ほどの賢しい奴なら、わたしの正体にもピンと来るんじゃあないかな」
「狐だと、……! まさかお前が、ジジイに、呼ばれていたのか、っ」
「その通り。
このジェフ・パディントン――通称『ディテクティブ・フォックス』が、お前を捕らえに来たんだ」
「……て、言うか」
そして恐らく、この場において最も肝を潰していたのは、アデルだっただろう。何故なら遠く東部の地にいるはずの己の雇用主が、目の前に出現したからである。
「局長……、何故、アンタがここにいるんスか」
「何故ってネイサン、そりゃあわたしが、ここの町長とは古い付き合いだったからさ。
その旧友が、『どうも最近うちに出入りする行商人が怪しい』と電報をくれたんだ。それを受けたわたしは、彼と、彼の友人だったここのマスターと共謀して入れ替わり、その怪しい行商人や他の町民、客たちをそれとなく監視していたのさ。
ちなみに本物のマスターは今、わたしの局で局員たちに、コーヒーを振る舞ってくれているはずさ。もっともネイサン、君は『デリンジャー』探しで3ヶ月ほど局にいなかったから、その事情は知る由も無かっただろう。
さて、『ウルフ』。小賢しいお前のことだ、恐らく今は既にある程度の冷静さを取り戻しており、部下にどうやってこのサルーンを一斉攻撃させようかと、頭の中で算段を練っているのだろう。
ところが外に待たせているお前の残りの部下は、少なくとも50人はいるはずなのに、何故か彼らは、衣ずれの音一つ発してこない。これは少しばかり、おかしいんじゃあないかな?」
「……州軍まで、動かして、……包囲し返し、やがったな」
「なかなか理解が早い。そう言うわけだから、無駄な抵抗はしない方がいいぞ。
この先散々苦しめられることも、お前なら分かっているはずだ。これ以上苦痛を増やしてどうする?」
「……く、……そおっ」
「ウルフ」は顔を土気色にし、その場に倒れ込んだ。




