無法の荒野
ゴールドラッシュからは三十数年――そして戦争からも十数年が経ち――西部は少しずつ、落ち着きを見せようとしていた。
だが、軍や教育、経済や法整備が充実する東部とは違い、西部におけるその落ち着きは、中には暴力と圧力――即ち「無法」によってもたらされるものもあり、それは到底、平和と呼べるようなものでは無かった。
その町もまた、今まさに無法によって支配されようとしていた。
「う、……ぐ……」
町の裏路地で、老人が一人、胸を押さえてうずくまる。しかし胸を覆ったその両手の隙間からは、ボタボタと赤い血が流れ出している。
致命傷を負ったのは明らかだった。
「……こんな……ことを……して……っ」「どうなるって言うんだ?」
うずくまる老人の周りに、若く、しかし汚い身なりの若者たちがぞろぞろと現れ、彼を取り囲む。
「アンタはここで死ぬ。遺った娘は今アンタを撃ったあの、『ウルフ』の兄貴のものになる。そしてアンタの金もだ」
この台詞に、その老人はさぞ悔しがるだろうと、若者たちの誰もが思っていた。
ところが――老人は額に脂汗を浮かべながら、引きつったように笑って見せた。
「……く、くく、くっ」
「何がおかしい?」
老人は口からびちゃ、と血を吐き、続いてこう言い捨てた。
「くく、ぐっ、ゲホッ、あいつの言った通りだったからだよ……!
やはりあの、あのっ、あの若造が、……ゲボッ、『スカーレット・ウルフ』だったか! やはり、あ、あいつは、……間違っていなかった!」
「……なんだと?」
老人を撃ってから今まで、ずっと黙っていた青年が、そこで口を開いた。
「『あいつ』ってのは誰だ?」
「ふ、ふふ、ははは……、言うものか!
ゴホッ、お前に娘はやらん! 遺産も、町も、何一つな!
わしは既に東部から探偵を呼び寄せ、密かに探らせていたのだ! もしわしが死のうとも、彼ならお前にしかるべき制裁を下してくれるはずだ!
地獄で待っているぞ、『ウルフ』! 絞首台からそのまま、わしのところへ落ちて来るが……」
老人が言い終わらないうちに、青年は彼の頭にもう一発、弾を撃ちこんでいた。
「うるせえ、ジジイが……ッ!」
青年は銃を納め、手下の若者たちに命じる。
「吊るせ。いつものところにだ」
「アイ・サー」
頭の後ろ半分が無くなった老人の体を4人がかりで担ぎ、手下たちはその場を後にする。
残った「ウルフ」は地面に残った血の跡を、ブーツで砂を蹴ってまぶしながら、こうつぶやいた。
「『彼なら見抜くはずだ』……? 誰なんだ、そりゃ?」
地面の跡が血とも泥とも付かなくなったところで、「ウルフ」は町の方へと顔を向ける。
「ここで俺が『スカーレット・ウルフ』と町の奴らに知れちゃ、全部水の泡だ。
東部から来たって奴……、そいつを捜さねえとな」