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みんなと森と鉄球と

鉄でなくて金ですが。

 色々と気になるところはありますが、それはそれ。

 鉄の箍から解放されたハインリヒは、王子を迎えに走ります――ことは急を要するのです。

 蛙にされた王子は、これまで着ていた衣服の中からもぞもぞと這い出して来ました。呪いが解けた今は、そのまま人の姿に戻っているはずです。

 つまりは、そう言うことです。


 そして駆け付けたハインリヒが最初に目にしたモノ(・・)は、と言えば。

「……王子っ⁉」

 水面から突き出た二本の脚。

 女性の脚には見えない武骨さ+この森にほとんど人がいないことから察するに、王子なのでしょう。

 そう判断したハインリヒは、急いで天を向く足首を掴み、水の中から引き摺り上げました。

 水揚げされたのは、確かに王子――今となってはすでに懐かしさもある美貌は、ですが完全に血の気を失っています。どうやら沈んでいる間に溺れて失神してしまったようで――

「王子⁉ 王子ーっ‼」


 ~しばらくお待ち下さい~


 ハインリヒがこの場に駆け付ける少し前――より更に遡り、呪いが解ける少し前のこと。

 自分が本物の蛙じゃないと姫に知られて、王子の全身は冷汗でびっしょり。と言っても蛙に汗腺はありませんから、実際に王子の体を濡らしているのは池の水と諸々の分泌物なのでしょうが。

 固まってしまった王子でしたが、不意に姫が手を伸ばしたことで、僅かに身を竦ませました。王子の驚きなど意にも解さぬ様子で、姫はそれなりに小さな蛙の体を両手で掬い上げます。

 蛙王子を捕まえた姫は、踊り食いはせずに、

「あなた一体、何者なの?」

「…………………………………………ごめん」

「答えになってないわ」

 血の色の凝視に堪え切れなくなった王子が謝れば、姫はさらりと切り捨てました。

 呆気なく返されて更にダメージを負った王子を、血の色の視線は更に容赦なく追い詰めます。切れ長の漆黒から似たような視線を向けられることには慣れている王子ですが、まあ、そちらだって慣れてはいても平気ではないわけで。

 そのため王子はいつもと――ハインリヒに視線で追究された時と同じように、白旗を揚げました。

「……その……君を騙そうとか、そう思ったわけじゃないんだ。だ、だから……最後まで、落ち着いて聞いてくれるかな」

「本当のことを話すならね」

「うん……」

 俯くように頷いてから、王子はまず自分の素性を明かしました。

 森に引き篭もっている世捨て姫も、一度は妖精の導きであの舞踏会に出席しましたから隣国の王子のことは知っています。輝く美貌とは似ても似つかぬ蛙の姿に、姫は軽く目を瞠りました。

 それでも姫は余計に口を挟まなかったので、王子はそのまま魔法使いの呪いで蛙にされた経緯を説明します。

「一緒に僕の従者も呪われてしまってね。僕のこの呪いが解けない限り、あいつも自由になれないみたいなんだ。僕自身が元に戻りたいのは勿論だけど、ハインリヒにこれ以上の無理もさせられない。

 だから呪いを解くために、君に会いに来たんだ」

「って言われても、わたしにそんな力はないわよ? 森の魔女とか言われてるけど、ただそう言われてるだけだもの」

「うん、君と話していて思ったけど、確かに普通の女の子みたいだね。

 でも僕の従者と君の乳母の妖精の調べだと、その……君とキスすれば、呪いは解ける、って……」

「へ……?」

 いくらか遠慮がちに王子が口にした解呪法に、姫も間抜けな声を上げました。

「……………………」

 ややあって、血の色の瞳が生温い半眼になったのは、自分の乳母の性格を知るためでしょうか。

 彼女なら自分を王子に押し付けるため、解呪法をわざわざ口付けに設定しても不思議ではない――

「……そうだとすると、これ以上に方法はないんでしょうね……」

「う……そ、その、無理にとは言わないよ。君だって、いくら何でも蛙とキスするなんて、嫌だと思うし……」

「そうね、死んでも嫌って程ではないけど、好き好んでやることじゃないわね。

 でもあなたの呪いが解けないと、周りだって困るんでしょ? 例えば、一緒に呪われた従者とか……。

 それにあなたが本当に隣国の王子なら、確か兄弟はいないのよね。そっちの王様は側室も置いてないって聞くし、唯一の王子が蛙のままだと色々面倒なことになると思うわ――うちの国とは仲はいいみたいだけど、お家騒動の火種がこっちに飛んで来るのは嫌よ」

 世捨て姫にはあまり関係のない話ですがね。

 眉を寄せて考えていた姫は、それでも王子を改めて見据えると、

「いいわ。わたしとのキスで呪いが解けるなら、やってあげる」

「え……い、いいのかい? 本当に?」

「放っておいたら確実に大変なことになるもの。これで万事解決するなら、してあげるわ。

 一緒に呪われたあなたの従者と、権力闘争に巻き込まれかねないあなたの国の民と、同じく飛び火して巻き込まれかねないわたしの国の民のために」

 それは王子が望む返事ではありませんでしたが――

 それでも姫は、両手の上に乗せた蛙の湿った口に、自分の唇を触れさせました。


 淡い色の唇が蛙王子から離れて、ほどなく――

『……え……』

 蛙王子の体が光に包まれました。淡い輝きは、ですがあっと言う間に強く眩くなって行きます。

 そしてひときわ強い輝きに、姫が思わず目を瞑った、次の瞬間――

「……こ……これは……?」

 当惑の声を聴いて、姫は恐る恐る目を開けました。

 血の色の瞳に映るは、鮮やかな黄金の髪に縁取られた眩いばかりの美貌。蛙の体を包んでいた光はすでに消えていますが、その美しい容貌自体が太陽にも負けずに輝いています。

 元の姿に戻った王子は確かめるように自分の裸体を見下ろして、顔や胸元をしきりにぺちぺちさわっておりました。

 その様子と言うかその姿を見て、姫の顔がみるみる真っ赤になって行きます。

「も……戻った……? 元の、姿に……?や、やった……やったー!」

 ですが呪いが解けたことで頭がいっぱいの王子はただ快哉を叫び、挙句、その勢いで姫の両手を取りました。

 自分が全裸だと言うことは忘れているようです。

 固まる姫に向けるは、ほとんどの女性が一瞬で恋に落ちそうな、極上の笑顔――

「ありがとう! 君のおかげだよ!」

 全裸王子、姫の赤面の理由を、理解しているのかいないのか。

 して、全裸男に手を握られた姫は、と言えば。

「いっ……いやーーーーーーーーっっ‼」

「ぼふう!」

 悲鳴と同時に思い切り王子を突き飛ばしました。

 不意打ちとは言え女性の細腕……いえ。

 姫が池に落としてしまった手鞠は、純金製でした。

 つまり、すごく重いのです。

 その重い球体を、ですが姫は手鞠としているのです。

 そんな姫の腕力で思い切り突き飛ばされた王子は、背後の池に真っ逆さま――

「げぶふぁっ⁉」

 派手な水飛沫を上げて水中に叩き落とされた王子を一顧だにせず、姫はきゃーきゃー悲鳴を上げながら逃げて行きました。


次回、姫視点。

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