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魔女姫と蛙王子/リライト

2019.4.19、前後編に分かれていた二編を一編に纏めました。

 その国には、決して表舞台には立てない――立ってはいけない姫がいました。

 父王を誑かした魔女がまんまと産み落とした忌み子。産まれた時から老婆のような白髪を、そして血の色の瞳を持つ、呪われし容貌。加えて魔道にも長け、人ならぬモノを従える魔性。

 庶出と言うこともあり、その姫は王城裏の森でひっそりと育てられていたのですが――


「ひあっ⁉」

 その日、その姫は森の中で奇妙な悲鳴を上げました。

 大切な鞠を池に落としてしまい、どうしようと途方に暮れていた彼女の目の前――を通過して、何か(・・)が池に落ちたためです。

 そう大きなものではなかったのか、上がった水飛沫で姫がずぶ濡れになることはありませんでしたが。

 呆気に取られる血の色の瞳は、波打つ水面にやがて別の新たな揺れが現れることを視認しました。

「……ぶはっ!」

「……え?」

 そして水中から現れたのは、一匹の蛙――だったのですが。

 きょとんと見つめる姫に気付いているのかいないのか、蛙はいくらか慌てた様子で水中を移動、岸へと這い上がって来ました。

「……はあ……まったく、ハインリヒめ……一体何を考えてるんだ。いきなり人を放り投げるなんて……」

 人じゃねーじゃん。

 ――と言うハインリヒの声が聞こえて来そうですが、それはそれ。

 もうお判りですね。この蛙、あの王子です。

 そんなことを知る由もない姫は、蛙王子を見つめたまま、茫然と呟きました。

「……か……蛙が、喋った……?」

「あ」

 その震える声で、蛙王子はようやく他者の存在に気付いたようです。そうです、この王子、今の今まで姫の存在にちっとも気付いておりませんでした。

 元々彼も人間ですから、蛙が人の言葉を喋るのは異常だと理解しています。そんな喋る蛙を見られた――ハインリヒに知られたら絶対叱られます。

 王子は恐る恐る声のした方を振り向いて、

「……見つけた……」

「え?」

 思わず零した王子の呟きに、姫は小首を傾げました。

 もうお判りですね。この姫、ガラスの靴を落としたあの美女です。

 まあ、そもそも彼女の乳母を自称する件の妖精の導きによってここまで来たのですから、当然と言えば当然の展開ですが。

 尤もその姿は、あの舞踏会の時とはまるで違っておりました。優雅に結い上げていた雪色の髪は簡単に束ねただけで、細い体を包むのもドレスではなく、まるで下働きの女中のような簡素な衣服。

 だからとて王子がそれに落胆することもありませんでした。むしろこれはこれで素朴で可憐だとか思っておりましたから。

「え、ええと……?」

 姫の困惑の呟きで、王子はようやく我に返りました。

 向こうはこのような質素な衣服でも変わらぬ美貌ですが、今の自分はあの時の面影なんて欠片もありません。しかもただの蛙ではない、喋る蛙です。いきなり化物認定されても不思議ではない存在。

「……ああ、いや……。

 失礼、お嬢さん。驚かせるつもりはなかったんだ」

「え? あ……ああ、気にしないで、蛙さん。

 ただ、少し……珍しいなとは、思ったけど」

 それで済むのか。

 ……済むのでしょうね、こんな森で暮らす妖精の名付け子なら。

 唖然とした王子でしたが、無条件で拒否されるよりは――

 いえ、まだ判りません。

「君は……僕が気味悪くはないのか? 僕が言葉を話さない、普通の蛙だとしても、普通の女の子は蛙が苦手だろう?」

 人語を話すことへのインパクトで、一時的に両生類への嫌悪を忘れた可能性もありますからね。

 ところが首を傾げる蛙の王子に、姫はくすくすと笑うのです。

「普通の女の子……ね。そんなこと言われたの、初めてだわ。森の魔女とか白い忌み子とか、そんな呼び名ばっかりだもの」

「……そうなのか」

 などと相槌を打つ王子ですが、実は彼も隣国の末姫の噂は耳にしたことがありました。

 曰く、父王を誑かした魔女がまんまと産み落とした忌み子。

 ですが母親にどのような意図があったにしても、産まれて来た子供にその辺の責任はありません。真っ白な髪や血の色の瞳もまた然り。彼女に従う人ならぬモノとは、恐らくあの名付け親のことでしょう。

 ――と、ハインリヒならこの程度の考察は容易です。

 ですが如何せん、この王子。

「でもやっぱり僕には、普通の……いや、普通よりはちょっと可愛い女の子にしか見えないなあ」

「ふえ……?」

 考えなしに放った台詞に、姫は赫い瞳をきょとんと瞬かせ、間抜けな声を一つ。

 そのまま二度、三度と瞬きをしてから、

「え、あ、そ……そう? で、でも、この髪の色なんかは、さすがに気持ち悪いんじゃないかしら……」

「? 珍しくて綺麗だと思うけど」

「っ……!?」

 女性の容姿を褒めることに慣れ切っている王子は、呼吸と同じ感覚で姫のことも「綺麗」と宣います。もし元の姿であれば、動揺する相手に追い打ちをかけるような甘い微笑を零して、ここぞとばかりに口説くところでしょう。

 とは言え諄いようですが、今の王子は蛙です。

「そ、そう……? 蛙さんには、そう見えるんだ?」

 姫にも苦笑いだけで済ませられてしまいました。

 ……前途多難。

 自分に対してその手の好意を抱く女性には慣れ切っている王子ですから、姫がその手の好意をまったく持っていないことも、すぐ解りました。

 当たり前ですね、今の王子は蛙なのですから。


 まあ、何はともあれ、蛙と言うだけで無条件に拒絶されない点、王子としては何よりです。

 問題は如何にしてこの姫と親密になれるか――

 と言うわけで、王子は積極的に話しかけます。

「ところで……こんな所にしゃがみ込んで、一体何をしていたんだい?」

「え? ええっと……」

 姫は口籠りますが、躊躇いを見せたのは、ほんの数秒。

「あの、蛙さん……いきなりこんなお願いを聞いてくれるか、判らないんだけど」

「お願い……僕に?」

 王子は蛙には珍しい、人間の時と同じ空色の瞳をきょとんとさせました。

 それでも他の誰でもない、この姫からのお願いです。彼女と親しくなりたい王子に断る理由など――余程のことでもなければ、あり得ません。

「何だい、言ってごらんよ」

「あの、ね。……池の中に、大切な鞠を落としてしまったの……大体どの辺りにあるか、見て来て貰えないかしら?」

「そんなことか。でも、ただ見て来るだけでいいの? 大切な鞠なんだろ、取って来てあげるよ」

「え!?」

 気軽に請け負う王子とは対照に、姫は非常に申し訳なさそうです。目を逸らし、眉を寄せ、不自然なほど困惑あらわに言葉を紡いで。

「……いや……それは、ちょっと……気持ちはありがたいけど、蛙さんには、さすがに無理じゃないかな……」

「? だって鞠だろ、そんなに大きいものでもないし、大丈夫だよ。

 じゃあ、行って来るね」

「あ、ほ、本当に無理しなくていいから! 場所の確認だけで充分だからね⁉」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 遠慮深い姫に微笑ましいものを覚えながら、王子は自発的に池の中に飛び込みました。

 ハインリヒにぶん投げられた時とは、エラい違いですが――そこはさておきましょう。


 そう言えば王子、鞠の特徴を姫から聞いていません。

 尤もそこに思い至った時にはすでに、池の底に沈む金色の鞠を見つけていましたので、迷うことなくそちらに近付きます。そんなに大きな池ではありませんし、周囲に他の鞠が見当たらない以上、姫が探しているのはその金の鞠で間違いないでしょう。

 今の王子は蛙の小さな体ですが、姫の鞠も女性の手遊び用ですから、そう大きいものでもありません。少し無理すれば、運んで泳げそうです。それに姫は場所の確認だけでいいと言いましたが、持って帰った方が確実に彼女の好意は稼げるはずです。

 ところが。

「……あれ?」

 触れた瞬間、異変に気付きました。

 水底でも鈍い輝きを放つ金色の鞠は、妙に硬い感触です。

 と言うか、この硬さと冷たさは、まるで金属のよう――

「っ、お、重……?」

 しかも王子の想像と下心を軽くへし折るほどの重量です。大きさはともかくこんなに重くては、今の王子には持ち上げられません。浮力もまるで役立たないほどの重さです。

「……まさか……金色の鞠じゃなくて、金で出来ている鞠、じゃないだろうな……」

 実はそのまさかですが。

 となると、こんな重量手鞠を持つあの姫は、一体――


 結局、王子は諦めました。

 あるいは鞠違いだったのかと期待して水の中を探してみますが、他にそれらしき物は見当たりません。

「……ごめん、持って来るのは、ちょっと……」

 王子は情けなく思いながらも岸に上がり、姫に謝罪しました。

 それでも姫は王子を責めることなく……と言うか先程同様、気まずそうな表情を見せました。

「だ、大丈夫……うん、そもそもあれは……まあ、蛙さんももう解ってると思うけど、普通の鞠じゃないから」

「う~ん……確かに何だか金属で出来ているみたいだったね……すごく重くて、持ち上げられなかったよ。

 でも、困ったね……大切なものなんだろ?」

「ん……まあ、ね。

 でも蛙さんがそんなに気にすることはないわよ。大体の場所は教えて貰ったから、後で着替えて取りに行くわ」

 姫はさらりと口にしましたが――それすなわち。

「え? ま、まさか君が池の中に?」

「? 元々そのつもりだったけれど」

 ぎょっとする王子に、ですが姫はやはり平然と返しました。

 まったく疑問に思っていないらしい表情に、王子は思い切り首を横に振り――振ろうとしましたが蛙の体の構造上無理があったので、声を張り上げるだけにとどめました。

「だ、駄目だよ! そんなの、レディの仕事じゃない!」

 すると姫は、血の色の瞳をきょとんとさせました。

 ですがそれも一瞬のこと、軽く噴き出したかと思えば、姫はそのままくすくすと笑いながら、

「嫌だ、蛙さんたら、レディだなんて。

 そりゃあ普通のお嬢さん達はこんな池の中に入ることなんてないでしょうけど。私は平気よ。森の魔女だもの」

「……………………」

 そう言えば彼女は、所謂『姫君』とはまるで違う、白い忌み子なのでした。

 今だって辺りに人影はまるでないのです――だからこそ蛙の王子が人の言葉で喋っても、誰にも聞き咎められることはなかったのです――彼女には、通常の貴人のように従者が付けられているわけでもないのでしょう。

 だから池に落ちた鞠も、自分で拾いに行って当たり前。

 今更ながらそこに思い当たった王子でしたが、

「……だったら尚更、僕は君にそれをさせるわけには行かない」

 庶子とは言え、仮にも一国の姫が、このような扱いを受けているなんて。

 しかも他の誰でもない、自分が今愛している少女だなんて。

 だとしても自分が他国の王家のあれこれに口を出すのは、間違っています。今の自分が蛙だからと言う以前に、単に余計なお世話だからです。

 だから王子は、考えます――今はハインリヒもいませんし。

 いたとしても、こればかりは彼を頼ってはいけないでしょう。この森に来る時だって、あの従者は「好きな女性は自力で手に入れるのが基本です」と言って王子をぶん投げたのですから。

 ぶん投げ対応については、後で色々言いたい王子でしたが、それはそれ。


 姫の大切な鞠を拾い上げるには、どうしたらいいか――姫が自分で取りに行く以外にどのような方法があるか、王子は考えます。

 王子が取りに行くことが出来れば、それが一番いいのですが。

「せめて元の姿ならなぁ……」

「え?」

 王子の溜息を聞き咎め、姫は軽く眉を寄せました。

 同時に零れた疑問の声を王子が見上げれば、姫は何とも言えない複雑そうな表情でこちらを見下ろしています。

「元の、姿……あなた、蛙じゃないの?」

 その問いから滲むは、幾らかの警戒。

「喋る蛙」には無防備な姫でしたが、「蛙に化けた正体不明」となると話は違って来るようです。

 打って変わった猜疑の視線に、王子は焦りました。

「う……い、いや、その……」

 さあ、どうする。

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