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赤頭巾と七人の小人

自分基準では残酷表現とはなりませんが、若干血腥いやも知れません。

「……そして何でお前の婚約が決まるんだ」

 自分より先に従者の縁談が纏まったことで、馬上の王子は華麗な美貌を盛大に顰めます。白馬で森を行くその姿は絵画にでもなりそうな場景ですが、王子が嫌な顔をしていると画家も困りそうです。

 その理由である従者が親戚の家に行ったのは、姫の居場所を探るためだったはずなのに。

 かねてより話が出ていた従妹との婚約が正式に決まったハインリヒも、こちらは黒い馬の上で首を傾げつつ、

「わたしもまさかこのような事態になるとは予測していませんでした。叔母が急に危機感を抱いたようで……。

 とは言え、遅かれ早かれ彼女との話は決まっていたと思います」

「その辺の事情は解らんが、あの隠密侍女に危険が及ぶのか? お前達の間に子供が出来たら、人間かどうか確認してやりたいくらいだ」

 顔を顰めたまま皮肉る王子ですが、ハインリヒとの立場の差を考えると負け惜しみにしか聞こえません。

「わたしの子と言う時点で王子の御世継ぎに付くことは決まったようなものですから、お手柔らかにお願いします」

「……まだ見ぬ我が子が急に不憫に思えて来たのは何でだろう……」

 婚約者も決まらないうちから、半眼で呻く王子です。

 因みに。

 王子やハインリヒが産まれる前、彼等の父親同士も主従で似たような会話を交わしたことは、息子達の与り知らぬこと。

 閑話休題、ハインリヒもただ自分の婚約だけ決めて帰って来たわけではありません。ちゃんと義叔父から姫かも知れない目撃情報は聞き出しています。

 それは姫の生国から見て、こちらの国とは反対側に面する森。他国との境界にもなっている、ちょっと微妙な区域です。

「……青髭候の森か……聞いた話では、亜人種が多く住むようだな?」

「ええ、特に小人族や獣人族……魔獣の類いが。

 魔獣は危険な存在ですが、牙や毛皮、眼球に内蔵もが魔術具の貴重な材料として高値で取引されています――小人族の造る武器や魔術具が極めて高価であるのは、彼等の技術に加え、その貴重な材料を惜しみなく使っているためです。

 ゆえにこの森には魔獣を狙う密猟者、小人族の武器を掠め取ろうとする盗賊も、多く潜入しています――わたしも勿論警戒を怠りませんが、王子も充分お気を付け下さい」

「……解っている。青髭候と遭遇するのも厄介だからな」

「無法地帯だったこの森を魔人からぶん取り、今も治めているだけの手腕はありますが……その分、血の気が多いようですね。

 王子でしたら、『男でもいい』って言われるかも」

「やめて‼」

 思わず可愛らしい悲鳴をあげてしまった王子です。青髭候が噂で語られるような人物なら、甘く繊細な美貌を持つ金髪の美青年こと王子は、まさに好色な暴君にとって格好の餌食です。

 して、そんな青髭候が如何なる人物なのか、と言えば。

 かつてこの森を支配していた暴虐な魔人を屠った、英雄――その功績から貴族に叙せられ、領主の娘を娶った当初こそおとなしくしていましたが、妻を亡くしてからは徐々に危険な面を顕して行きました。

 曰く、美しい処女を無理矢理連れ去り、狼藉の末に死に至らしめる。

 曰く、密猟者や盗賊を密かに取り纏め、裏取引をしている。

「更に言えば、新しい女性を補充するため誘拐を斡旋しているとか、美しければ少年や青年でもお構いなしとか、誘拐させても気に入らなければ盗賊に下げ渡しているとか、人身売買にも携わっているとか――ここまで悪い噂に満ち満ちているのも、珍しいですね」

「まあ、多少は大袈裟な部分があるとしても、火のない所に、と言うからな。

 ……そんな危険な男が傍にいて、彼女は大丈夫だろうか……」

 この時点ではまだ、森で目撃された少女が姫だと言う確証はありません。それでも王子は、鮮やかな美貌に焦燥を滲ませます。

 一方のハインリヒは、件の情報が本当に姫ならと少し考え、一言。

「……割と大丈夫な気がしますよ、あの姫君なら」


 その頃――森の奥では、悲鳴と怒号、硝煙と血煙が上がっておりました。

 魔獣は高値で取引されますが、今では捕獲が制限されている種も少なくありません。そして安定した利益を得るため、密猟と言う手段を盗る者もまた少なくないわけで。

 先程名前の挙がった青髭候に賄賂を贈れば、この森での狩りは自由なのですが、

「くっそ……何なんだ、あの狼は!」

 密猟者の一人はそう毒付き、向かい来る狼目掛けて銃を構えます。

 ですが狼は一切怯む様子も見せず、次々と飛んで来る銃弾の一つ一つを華麗に避ける始末。素早く身を翻し、そして跳躍した先には――件の密猟者。

「なっ⁉ うっ、うわあ!」

 狼に押し倒されて、密猟者は悲鳴を上げました。倒れた弾みで手にしていた猟銃が火を噴きますが、狼は至近距離での破裂音も意に介さぬ様子で密猟者の目の前で口を開きます。

「うっ、うわああああ‼」

「ひいっ……た、助けてくれぇ!」

 彼のみならずその仲間達も、次々と狼に襲われて行きます。

 中には狼ではなく、勢いよく振りかぶられた刃を必死で避ける者も。

 子供――幼児程度の身長ながら、得物を振り回すは屈強な剛腕。鉄兜の下から覗くその顔は、立派な髭に覆われた、成人男性……と言うか、老人のもの。

 何と小人族が斧や鉈を振り回し、狼の群れと共闘しているのでありました。金属製の甲冑を鎧いながらも身軽に動き回っているのは、彼等の屈強さ……あるいは、鎧の素材ゆえでしょう。最高の鍛冶師である彼等なら、軽くて頑丈な防具などいくらでも産み出せます。

 小人と狼が一緒にいることも珍しいですが、何よりも奇妙なのは、そんな彼等が決して密猟者達に止めを刺そうとしないこと。七人の小人達はさておき、狼達もが牙を見せ付けるように大きな口を開けつつも、決して咬み付こうとはしません。まあ肉食獣に伸し掛かられた状態で、冷静にその疑問まで辿り着ける者はいないようです。

「……充分反省したかしら?」

 男達のむさ苦しい悲鳴が充満する森の中、やがて響いた澄んだ声。

 その声を合図とするように、狼達はそれぞれが押さえ込んでいた密猟者達から離れました。

 獣と小人が戻り行くその先を恐る恐る見れば、そこにはひときわ巨大な体躯の狼が――その広い背中に、一人の女性を乗せています。

 森の中に相応しい軽装で細い身を包んだ、まだ若い女性――ですが赤い頭巾から零れる長い髪は、老人を思わせる白さ。背中に担いだ猟銃は男達が持つ物とほとんど変わらぬ大きさですが、彼女自身の華奢さゆえに無骨さが際立ちます。

 巨狼の背に跨り、他の狼達も周囲に従わせるその姿は、さしずめ森の女王。七人の小人達も、まるで彼女の従者のようで。

 異様な雰囲気に呑まれ、男達は地面に蹲ったまま声も出せません。

 頭巾の奥の真っ赤な瞳は、そんな彼等を見下すように見下ろし、彼女は言葉を紡ぎます。

「これに懲りたら、二度と余計な真似をしないことね――カーバンクルは規制の対象って、知らないわけじゃないでしょう?」

『っ!?』

 密猟者達はそれぞれ目を瞠って固まりました。

 栗鼠のような鼠のような小さな魔獣は、額に持つ真っ赤な宝石ゆえに乱獲が絶えないのです。彼等もまた、富のお守りとされるその宝石を得るためにこの森に入り込んだ――のですが。

 狼に跨るかの女性は、それが気に入らない模様で。

「去りなさい」

『はっ、はぃい!!』

 静かな、それでいて有無を言わせぬ女性の声音に、密猟者達は這う這うの体でその場から立ち去って行きました。

 無様に逃げて行く彼等の背中に、赤い頭巾の彼女は軽く鼻を鳴らしてから、小人と狼を見回します。

 赤い視線を受けた狼達は、つい今し方密猟者達を襲った獰猛な姿が嘘のように、鼻をくんくん鳴らして尻尾を振り振り。

〈頑張ったよ、姫。撫で撫でしてー〉

〈姫、お腹空いたー〉

「こらこら、慌てるんじゃないの。撫でて欲しいの? 順番ね」

 単なる狼の鼻声も、この赤い頭巾を被っていれば彼等の言葉として理解出来ます。

 狼達も自分の毛皮をもふもふする華奢な手に、親愛の情を込めて鼻や舌を近付けて。野生の狼とは思えないわんこ感です。

 その光景を見る小人達も、それぞれ微笑ましいものを見るように、髭に埋もれた目を細めました。

「流石は姫さんだ。姫さんの狼がいなけりゃ、もっと手間取ってた」

「ああ。狼にあんなに懐かれるなんて、大した娘さんだよ」

「姫さんが来てから、密猟の被害が格段に減ったよな。その分、俺達も仕事がしやすくなった」

「どうせ今回の連中も青髭の子飼いだろ? はっ、ざまーみろ!」

 亜人を蔑む人間は少なくありません。青髭候の許可を得てこの森に現れる密猟者達の中には、小人達と遭遇すると彼等を倒して珍しい武具を奪おうとする者すらいたほどです。

 いきなりこんな森の中に若い娘が現れた時には、小人達も警戒を隠せませんでしたが、今ではこの通り。

 一通り狼達を撫で回した彼女は、自分が跨る巨狼――群れのボスも何か言いたげな素振りをしていることに気付き、その首元をぽふぽふと撫でました。

「さあ、帰りましょう」


 ハイホーハイホーと小人達の鬨と共に彼等が辿り着いたのは、煉瓦造りの一軒家。

「よう、婆さん。戻ったぜ」

「誰が婆さんですの!」

 小人の声と言うか物言いに、掌サイズの光の玉――小さな妖精が眦を吊り上げます。

「いいじゃないか、姫さんだってそう呼んでるんだし」

「わたくしの姫様はそのような言葉遣いなどなさりません!」

 ぱりぱりと軽く放電しながらぷんすこする妖精に、彼女も赤い頭巾を外しながら、帰宅の挨拶。

「ただいま、ばあや」

 雪色の髪を軽く払い、血の色の瞳をそちらに向けます。

 自分が育て磨いたと自負する繊細な美貌に、妖精は穏やかな微笑を返して。

「お帰りなさいませ、姫様。ご無事でようございました。

 すぐに夕飯に致しましょう。その前に、御召し替えを」

「ええ」

 そうは言っても小人より更に小さな妖精には、着替えの手助けも大したことは出来ません。

 以前に一度、びびでばびでぶー♪ と魔法のドレスを着せたことはありますが――

「……それにしても口惜しゅうございます。本当ならば姫様は今頃、王妃教育を受けておいででしたのに……」

「いや、いくらあの王子が望んだとしても、そんなに簡単に婚約まで行かないでしょ。一応わたしも王女だけど、それ以前に森の魔女、白き忌み子よ?」

「それ以前に、一人の女の子でございますわ」

 きっぱりと放った妖精――幼少の砌より傍にいる乳母の保護者発言に、姫は自嘲気味の苦笑い。

「……そう言ってくれるのは、ばあやだけよ」

 自分に求婚したあの王子も言うはずですが、姫はそこに気付かない振り。

姫の適応能力……。

多分次回辺りで青髭候も登場。

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