鬼ノ列 貳
銀色の月の光が、社の屋根で寝そべる天狗を薄く照らしている。
夜風が天狗の髪を少し撫で、ひゅるり、と歪な音を立てる。
「……少し、寒いな」
半円を描く月を薄目で睨みながら、彼は小さく呟いた。
「では中に入れば良かろう」
不意に、天狗の頭上から声が響く。
顔を本を模した面で包む少女。
「ロクか」
「如何にも」
書の付喪神は、天狗の傍を逆さまに浮かびながら、髪を弄っていた。
「主が探しておられたぞ。天狗殿に頼みたいことがあると」
「どうせ鬼行列を迎える準備とかだろ。明日やるよ」
「それが、そうもいかんのだ」
ロクが咳払いをして続ける。
「行列の到着が思ったより早いそうでな。明後日にはここらに着くそうだ」
「はあ?」
「だから、天狗殿には、夜が明けぬうちに、酒を樽ごと調達して欲しいのだ」
それを聞いて、天狗は跳ね起き、ロクに噛みつく。
「冗談じゃねえ、今からどうやってここに酒樽を持ってこいって言うんだ。そもそも酒屋が開いてるのか」
「それについては見当がある」
しかし、ロクは冷静に天狗をいなした。
「もうすぐ七夕だ。」
「だから?」
「知らぬのか。七夕が近くなると、星明かりに照らされた池の水が美酒になるという話を」
「初耳だ」
そうか、とロクは適当にぼやいて、
「ともかく、今なら酒を取り放題だ。早く樽を持って池を探せ」
「樽なんて無い」
「作れ」
なおも渋る天狗を尻目に、ロクはそれだけいうと、空中に溶けるように消えてしまった。
「主のため、精を出すが良い」
そんな声がどこからか聞こえた後、天狗は少し息を吸い込んで、言った。
「ふざけるな!!!」
数刻後、社からどこかへ、大きな樽のような物を持って飛んでいく天狗の姿があった。