人ハ
彼女は、有名な武家の長女として生まれた。
生まれてすぐ、母親が急死して、父と祖父母に育てられた。
彼女は、まず何よりも先に「強さ」を教わった。
父は、刀を使った強さを。
祖父は、弓を使った強さを。
祖母は、女としての強さを。
相手を倒す、それだけを徹底的に教えこまれた。
武家に生まれたからこそ、沢山の「強さ」を叩き込まれた。
しかし彼女は、成長するにつれ、自分が疎まれていることに気付く。
理由は簡単、彼女は「女」だからである。
武家を継ぐのは、男。
しかし、生むべき母はいない。
唯一の子は弱い「女」。
彼女を見る目は次第にどす黒く染まっていく。
ーどうしてお前が生まれたのだー
ー弱いお前に興味はないー
ー家を継ぐのはいったい誰だー
誰も彼女を望まない。
誰も彼女を理解しない。
ーお前なんて、生まれなければ良かったのにー
彼女を突き刺す視線は、次第に鋭くなり、いつしか彼女の心を砕いていた。
私は、望まれていない。
私は、弱い。
私は、私は、私はーーーー
「気付けば私は、この社の噂を耳にしていた。人ではない力を持つ者がいると」
夕日の赤紫が空を飲み込み、蛙の鳴き声が木々に染み入る。
社の中、ヨカと訪問者の女性は、潰れた座布団に座って話をしていた。
訪問者は、涙を堪えて言葉を吐く。
「ここにいる者なら、私を、変えてくれると、思ってた。私は、家を捨てて、ここに託した。きっと、私をーーー」
「もういいよ」
ふわり、と。
ヨカが微笑みながら、訪問者を抱きしめた。
「あなたの願いは、分かったよ。だから、………泣かなくてもいいんだよ」
そして、彼女達を蛍のような光が包む。
温かく、蕩けそうな、柔らかい光。
「あなたの願い、確かに受け取ったよ。後は私に任せて。ね?」
ヨカの腕の中で、女性はゆっくりと目を閉じる。
「おやすみ。次に目を覚ます時は、きっといい夢をーー」
「ふう、終わった終わった。今日のお仕事しゅーりょー」
星と月明かりが照らす社の縁側で、ヨカは提灯を片手に盃を煽っていた。
「っぷはー!やっぱりこういう時のお酒はいいね!天狗ちゃんも呑む?」
「いらない」
社の屋根から足を下ろし、月を眺めていた天狗が言う。
「それで、あの女はどうなったんだ?」
天狗が目を向けずに尋ねた。
「んー。願い事は叶えたよ。後は彼女次第。でもまあ、人間からの願い事も、案外上手くいくもんだね」
ふっと息を吐いて、ヨカが言う。
「ずーっと天狗ちゃんみたいな子からの願い事だったから、ちょっと緊張しちゃった」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
ヨカが即座に言い返した。
「正直さ、あの子は私に似てたんだよ。神様になる前の私に。もしかしたら、私みたいになっちゃうかもって、少し思ってた」
盃に新たな酒を継ぎ足して、溜め息をつく。
「きっと、あの子は私無しでも変われた。でも、私に頼ってくれた。それだけで、今回は満足だよ」
「そうかい」
天狗は屋根から飛び降りて下駄を鳴らした。
「…………お前は、神様になりたくなかったって、思わないのか?」
「全然。なってなきゃみんなに逢えなかったし」
ヨカは酒を口に含んで、少し哀しげに微笑んだ。
「ただ、あの子みたいに生きてられたらって、思っただけ」
夜風が、盃の酒を揺らした。
名ヲ司ル神ガ一ツ。
神ノ心ハ未ダ知レズ。
願ヲ叶ヘル言葉トハ。
神ノ成スベキ行ヒトハ。
名ヲ司ル神ガ一ツ。
神ノ心ハ未ダ深ク。