社ニ住マフ者
ーーーーだとさ」
辺りを背の高い草木に覆われた、廃れた社。
その中から、人の声が響く。
「そんなもんじゃない?」
数は2つ。
若い男と女の声だ。
「私みたいに得体の知れない人に流れる噂なんて、そんなもんだよ」
「そうなのかねえ」
「そもそも、私は人じゃないけど 」
ケタケタと、女の声が笑った。
「元々は人だろう」
「元々はね。でも祀られちゃったから」
「祀られる、か」
声の主は、社の中の座布団に座していた。
一人は、ぼろぼろの社には似つかわしくない、美しい着物を着た女性。
もう一人は、鳥のクチバシを模した面で顔を覆っている少年だった。
「そそ、祀られる。天狗ちゃんは分かる?祀られる、の意味。これは祀る、という言葉の…………」
「五月蝿い。俺はもう子供じゃない」
天狗と呼ばれた少年は、ふてくされながら言った。
「そっか、もう天狗ちゃんも大人かあ……もう少し子供でいたくない?」
「嫌だ」
「えー、そんな生意気な天狗ちゃんやだー。”かみなりこわいからいっしょにねよー”って言ってた天狗ちゃんに戻ってよー」
「黙れ」
少年ーー天狗は、立ち上がって履いていた下駄を鳴らす。
ごん、と腐った床板から鈍い音が響いた。
「履物はちゃんと脱ぎなさい」
「はいはい」
「はい、は一回」
「はーい」
天狗は渋々と下駄を脱いで、適当に放り投げる。
その下駄が床にぶつかる直前だった。
「坊ちゃん、下駄は投げるものではありませんよ」
低く、年老いた男の声。
気付けば、下駄は消えて、代わりに長い髭を生やした、背の高い老人が立っていた。
「五月蝿い、ギョウ」
「なりませんぞ、坊ちゃん。そのような言葉遣いでは」
「だから、五月蝿いってば」
ギョウと呼ばれた老人は、困ったように顎をしゃくり、座ったままの女性に話しかけた。
「あなたからもなんとか言ってやってください」
「ごめんねギョウちゃん。天狗ちゃんを許してあげて」
ギョウは大きく息を吐いた。
「ああ、いつから坊ちゃんはこんなにやんちゃに………」
「いい加減に坊ちゃんって呼ぶのを止めてくれ、恥ずかしい」
「まあまあ、二人ともやめよ?」
女性は、ギョウの肩を抑えてそう言った。
「それより、もうすぐ私、湯浴みの時間だから。その間、お客様が来たらおもてなしお願いね」
「こんなところに参拝なんて来ないだろう」
来るよ多分、と女性は呟いて、帯を緩めて着物を脱ぎ捨てた。
「お前は節操が無い」
「いいじゃん」
女性は裸のまま、息を思い切り吸い込んで、こう言った。
「さて!名ノ神様として頑張りますか!」