旗野上、ブルペンを温める
プロ野球は丁度、交流戦に差し掛かった。
俺は少し前に二軍に落とされてしまったが、すぐにまた戻ってきた。
開幕は一軍であったが、一軍でいたのは主力選手が1人キャンプ中に怪我をしたからだ。少し前にその人が復帰して落とされた。旗野上は二軍と一軍を行き来する選手なのだ。
守備は一流、打撃は三流、走塁は二流。そんな評価なのだ。
しかし、今回また俺が上がって来た理由はオフにやってきた助っ人外国人のスランプによってだ。
「…………ふん」
あいつ、俺の3倍ぐらいの金で雇われたんだよな。なのに俺ぐらいの打率しか打てないもんだ。守備は三流だし…………。
俺が上がる理由は俺が凄いからじゃなく、他がダメだからっていう理由が多いから少し嫌な気持ちになる。
実力を買われた気がしない。……まぁ、ないと思う。俺が一軍にいてもレギュラーじゃないからな。
そんなこんなでチームと合流し、すぐにナイターゲームとなる。俺は当然、ベンチ要員。ベンチウォーマーだ。そんないつもの日かと思ったが、ブルペンから一本の電話が掛かった。
「た、大変だ!ブルペン捕手の内藤が腹痛いって!とても捕手やれる状態じゃないです!」
「投手じゃねぇのかよ!!」
「じゃあ、福岡(一軍二番手捕手)。お前が受けてやれ」
「いや、すでにブルペンにいますよ!安藤の球を受けてます!」
試合は大荒れの大荒れ。
3回ですでに7対9。俺達が勝っているが、すでに2人の投手を使っている。そして、今マウンドにいる吉沢もあまり良いピッチングができていない。おそらく、場の勢いに呑まれている。
乱調の予感があるため、次の回で代打を出して安藤が出るといったところだろうが…………故障明けの安藤もどうなるのか分からない。
安藤の他に井野沢という新人投手も肩を作る準備を、内藤ブルペン捕手がしていたわけだが……。
「旗野上」
「はい」
「お前、ブルペンに行って井野沢の球を受けてやれ。出番はあるからな」
「…………俺が受けていいのですか?」
「我チームの三番手捕手はお前だ。旗野上」
監督の指示で俺は捕手の装備をつける。俺が捕手をするということを知らない選手もいた。手間取ることなく、むしろ慣れた動きに目を驚かせていた。
捕手をやるのは半年ぶり。二軍戦で3試合ほどマスクを被った。
「お、お願いします」
「まずは軽くな」
ブルペンに入って捕手を務めたのはもしかすると初めてかもしれない。試合中に被らされることが多い。特に二軍で…………。
井野沢の球を見るのも受けるのも初めてだった。
バシイイィッ
「!」
球速は悪くないな。コントロールが良ければ相手の下位打線くらいは難なく抑えられそうだ。
この酷い試合だ。井野沢自身も出番があるんじゃないかって、期待しているかもな……………。
旗野上と井野沢がブルペンにいる間、……。試合はなかなか面白い展開になっていた。
吉沢はすぐに安藤と交代。それだけでなく、一軍捕手の河合も交代。監督が厳しく投手のケアをしなかった河合を説教していた。
そのため、福岡がマスクを被る事となる。
試合は安藤が好投し、4回を投げてわずか3安打1四球で抑える。そして、安藤の好投を援護するように5回にツーラン、6回にタイムリーが飛び出して5点差に広げる。
「ふーぅ」
8回に安藤は疲れから一発を浴びるが、大量失点は防いだ。
このまま安藤が九回まで投げ、福岡が捕手でいくと誰もが思っていたところで
バギイッッ
「デッドボール!!」
福岡の右手の甲に当たるデッドボール。倒れ込む福岡、ざわつく球場。
「おいおい…………」
「腫れてるぞ!」
すぐさま病院に運ばれる福岡。打撲ではない……おそらく、骨折だとチームのみんなは思っていた。
「旗野上!お前、捕手として出ろ!」
「は、はい!」
「それから井野沢!お前が九回のマウンドに上がれ!!」
「!!わ、分かりました!」
三番手捕手というか……3人目の捕手がいないというチーム事情故、今日は珍しく捕手として仕事をする旗野上。
井野沢にとってはプロ初めてのマウンド。そんな投手をリードするのも初めての旗野上。
9回、4点差で2人の出番はやってきた。
「とにかく、今日ブルペンで投げた感触があれば十分だ」
「わかりました」
「サインしっかり見ろよー」
大きくリードしているが、井野沢の表情がブルペンと違って固い。コントロールと多彩な変化球が武器の彼に影響が出るかもしれないとホームに戻って感じる旗野上。
捕手の経験はプロでは確かに少ないが、高校時代では三年間マスクを被っていた旗野上はそーゆう細かなところまで察する。
最初の打者だけ、自由に投げさせて力を抜かせたい。
問題は井野沢のリズムがとれないような出来事が起こる事。
「下位打線からだからホッとする。代打の切り札もいねぇところだし」
旗野上は打者の得意コースや苦手コース、打球が飛びやすいところまでしっかり憶えている。スーパーサブはいつ、どこを守るか分からないからだ。
選手に応じてポジショニングの変更するのはよくあること。
カキーーン
「よし、打ち取った!」
「くっ……ミスった!」
井野沢のコントロールは良くない。だが、打者も井野沢というデータがあまりない投手にミスをした。甘いボールであったが、打ち損じ打球はサードへ。
普通の野球選手ならエラーはないと思われた打球であったが、
バシィッ
「げっ!」
なんとサードのエラー。よりによって、ノーアウトからランナーを出してしまった。
旗野上が恐れている井野沢のリズムが狂いそうな出来事が起こった。
9回、初登板で、エラーの出塁、足もなかなか早い。セットポジションもどこかぎこちない井野沢。
「……………」
盗塁は点差的にはない。だが、動揺が感じられる井野沢。旗野上は牽制のサインを2回出して間をとった。タイムで声を掛けるのも良いかと思ったが、かける言葉があまりない。サード下手だよなってくらいか。それとも、3アウトとるだけに集中しろか………。
状況はタイムをとっても変わらないため、打者に投げる前にこの状況を長く引き伸ばして心を落ち着かせる。
牽制だってアウトを狙うやり方じゃない。キャッチボール感覚だ。
パァンッ
「ふぅ…………」
牽制をしている間に少しだけ井野沢の表情が落ち着いたように見える。
旗野上は初球、大きく外すボールのサインを出す。こーゆうとき、甘い球になることが多く。打者もそれは分かっているはず。
井野沢の一球。
バシイィッ
球は遅いが、正確なコントロールだ。
たとえ、ボール球とはいえミットをまったく動かさずに投げられれば十分。1ストライクをとれれば十分に乗り切れる。
旗野上は再びボール球のサイン。カーブでアウトコースのストライクゾーンからボールなるコースを選択。
井野沢もそのサインに頷いて投げる。コースは若干内に入っていたが、これが打者にとっては絶好球と思えただろう。
キュッ
「!!」
カキンッ
外に逃げるカーブをひっかけてショートゴロ。打球は死んでいるため、併殺は難しい。
それでもセカンドフォースアウト。1アウト1塁。この1アウトが非常に大きい。井野沢もプロ初アウトにホッと息を吐いた。
打たせて捕るタイプの彼にとって内野の守備の堅さが分かれば精神的に落ち着ける。
点差もあり、体力的にも十分投げられる彼は全力で旗野上のサインに従い、ミットに投げ込んでいく。奪三振こそないが、全てが内野ゴロ。
「アウト!!ゲームセット!!」
井野沢はプロ初マウンドで3アウトをとることができた。
「ありがとうございます、旗野上さん」
「なーに。お前が良い投手だからしっかり抑えられたんだ。エースを目指せよ」
大きな3アウトをとれた井野沢とハイタッチした旗野上。
未来のエース候補の予感を感じ取った。
だが、翌日、その3日後の試合。
井野沢は中継ぎで登板をしたのだが、二試合合わせて7回、6失点という結果にすぐに二軍に落とされてしまった…………。
ちなみに河合も打撃不振という表向きの理由で二軍に落とされる。井野沢と一緒に落ちていった。
そして、俺が一軍捕手になるかとも思えるが、二軍の若手捕手と二軍のベテラン捕手が一軍に上がり、俺は相変わらずのベンチウォーマーであった。
井野沢を活かせる捕手がいればまたきっと耀けるだろうと、俺は思っている。