スーパーサブ守備職人・旗野上
ワーーーーワーーーーー
プロ野球。
この場の空気を吸うことはお金を払い、球場に来れば吸うことができる。
だが、グラウンド内の空気を吸うのはお客では難しい。その中は異常にプレッシャーという空気に包まれている。金だけでは到底吸えない極上の空気。
今日の俺は”まだ”そこにはいない。
「ふぅ……………」
野球でよく言われる。
扇の要と言われるキャッチャー。内野守備の花形であるショート。野球の中でもっとも守備範囲が広いセンター。
俺のポジションはそこではない。
シーズン2桁勝利を造る鉄腕先発投手でもない、大ピンチを抑える火消しの中継ぎエースでもない、最終回3アウトをとるためにいる絶対的抑えの守護神でもない。
勝負強い打撃を持つ代打選手や大逆転を演出するDH長距離ヒッターでもない。
俺のポジション…………それは………
『サード、……ロドウッドに代わりまして…………旗野上』
「今日はサードか…………」
「しっかり守ってくれよ、旗野上」
「はい!!」
今日はサード…………。だが、今シーズン。サードを守るのは6試合目。あまり得意ではない。強く、速い打球が来ると心臓に悪い。
個人的に一番キツイが、仕事をやっているという感じがするセンターが好きだ。今日は強打者の外人が内野を守っていたからか。
「代わったところには打球が飛びやすいからな!」
「分かってるっす。俺はこーゆうの、慣れてますから平気ですよ」
俺がいるこのチームの野球では、俺がレギュラーを奪取できるポジションは…………ない。
だが、チームとして必要とされるポジションがある。
”スーパーサブ守備職人”
俺はプロ7年。野球人生20年で培った、投手以外のポジションを全て守備に付いたことで身につけた守備職人。
ある時はキャッチャーを、ある時はファーストを、ある時はセカンドを…………ある時は外野を……。
とにかく、どんなポジションについても。守備という一点においてはレギュラー陣に負けるわけにいかない。試合に出られる時間、守備機会が少ない中でいかに結果を残すかが俺の選手生命。
「…………よっしゃー!!どんどんこっち飛ばせ!!全部捕る!」
「旗野上が内野にいたら助かるぜ」
やってくる外国人選手や、強打を売りにしている打者は守備がお粗末だ。
だが、野球というスポーツの根本は点の取り合い。まず、点をとれなければ勝つ事はできない。それにチームでやるスポーツだ。
俺がレギュラーとして守備についても、打撃は計算に入らない。プロ7年目だが、一軍どころか二軍ですらホームランを打ったことがない。
攻撃で1人欠くことと、守備で1人欠くことは試合の状況によってどちらが重いか変化する。
序盤は点を取り合い、後半でリードしたら守備ができる者を投入して守りに徹する……。勝負事のセオリーを考えれば俺がレギュラーになれることはありえない。
それでもチームの一員として居場所があるから俺はこのスーパーサブでいる。
バシイィッ
ビュッ
パァンッ
「アウト!」
8回表から守備につき、サードゴロ一つ。難しい打球ではなかったが、しっかりと1アウトをとる。この1アウトが俺の給料に繫がる。
「ゲームセット!!」
打席も当然回らない。打者としての成績は非常に悪く、打率は2割を切っている。
「よーし!今日は勝てた!」
「これで3連勝だ!!」
チームの功績はチーム内から見ても軽く思われているだろう。だが、それでいい。
華はもう、他の選手に持たせる。俺が欲しいと思うのはチームの勝利だけ。アウトをしっかりととる。それが旗野上が考える野球。
率も、パワーも、選球眼も持たない俺は捕球技術だけを極める。
プロ7年目。未だに失策は0…………。
「3連勝祝いに飲みに行くぞ旗野上!」
「うっす!!」
チームは今のところ3位。前半戦から1ヶ月が経った頃だ。