お喋り
「ただいま~」
俺がデスクに戻ると、昼ごはんを食べ終わったテッツンが読書していた。何を読んでいるんだろうと思って表紙を見ると、「妻の尻に敷かれない夫になろう!!」だった。これは笑う所なのだろうか。
「ただいま!」
「お、お帰り。やっぱ告白だったのか?」
「うん、まあね。めんどくさいパターンの奴だったよ。」
俺は肩をポンポンと叩いて、大きく伸びをした。テッツンは苦笑いしている。
「ま、しかしお前らしいよ。」
「なんじゃそりゃ。」
その事件は、仕事に戻ってからしばらくたって起きた。俺がパソコンで書類を作成していると、背後に誰かの気配を感じた。なんだろうと思って振り向くと、あろうことか山田まこさんだった。目は泣き腫らして赤く、顔は引きつっている。そんでもって俺を睨んでいる。というか、この人は仕事しなくていいのだろうか。
俺が困惑して彼女を見つめていると、いきなりパチンと乾いた音がして俺の頬が熱くなった。つまり俺は、彼女にビンタされたらしい。
「ちょっと何すんですかッ!」
俺が声を上げると、一斉に皆がこちらを見た。
「黙れ!!」
山田まこが喚く。なんだなんだ、このキャラの変わりようは。さっきまでそれなりにキャピキャピした普通の女の子だったのに。
「やっぱり納得できない。子供がいるからなんなのよ。そんなの関係ないじゃない。それとこれとは話が別なの!!ねえ、本当の理由を教えてよ。なんであたしじゃダメなの?どうしてよ!!」
そうして目から大粒の涙をぽろぽろ零した。なんでって言われても。
俺が返事に窮していると、「あのねえ」と救世主の声がした。
「あんた誰。」
山田まこが睨んだ相手は鬼部長こと戸塚亜矢部長!俺はこのとき初めて彼女を拝みたくなった。さすが部長だ、部下のピンチには力を貸してくれる。
「営業部部長兼拓人クン愛護会会長戸塚亜矢です。」
ん?なんか部長の肩書増えてませんか?
「拓人クン。こちらはどなた?」
声が明らかに険を含んでいる。
「あ、こちらは広報部の山田まこさんで…。どうやら俺に好意を抱いて下さっているらしい…です。」
「ふん。広報部、ねえ。」
戸塚部長がじろじろと山田さんを眺める。そして、ハアと溜息をついた。
「山田さん、だっけ?あのねえ、確かにあなたが拓人クンに好意を抱こうがなんだろうがあなたの勝手よ。でもね、告白して振られたからって逆ギレして相手をビンタするなんて、人間としてどうかしてるわ。第一、あなた仕事はどうしたの?もうとっくに昼休みは終わってるわよ。」
そうそう。俺も頷いた。あなたはさっさと仕事に戻って下さいね。
「…冗談じゃないわ。」
山田まこがキッと部長を睨みつけた。
「あなたに何が分かるのよッ!!関係ないでしょ、部長だか何だか知らないけどさッ!なんで人間としてどうかしてる、とまで言われなきゃいけないの!!??初めて見たその日からずっとずっと好きだったのに…。それがなによ、子供がいるから無理ですって!?冗談じゃないっつーの!!」
半分は俺に対する罵倒だったらしい。そんなこと言われても。
「いい加減にしなさい!!」
戸塚部長が空気もビリビリ震えるほどの大声で一喝した。社員がみな肩をすくめる。
「いつまでもしつこいわね!さっさと仕事に戻りなさい!!」
睨みあいになる。まあどうみても戸塚部長の方が有利か。
「黙れ、黙れ、黙れえええええええええええええ!!!!!」
ふいに絶叫した山田まこは、近くにあったキーボードを(つまり俺のキーボード)ひったくり、投げつけようとした。もちろんそんなことが出来る筈はないが、少なくとも俺の机の上をグチャグチャにすることは出来た。
「ああ!!」
コーヒーがこぼれ、山田まこの足にかかる。これでさらに頭に血が上った山田まこは、こんどはそこらへんにあるものをすべて投げつけた。
コーヒーカップ、シャーペン、資料、鉢植えその他もろもろ。
それらが全て俺の机の上にあったものであることは言うまでもない。
やがて誰かが呼んだのであろう、警備員が2人やってきて暴れる山田まこを取り押さえ、連行していった。
オフィスはグッチャグチャである。
それから2時間かけて掃除をしたが、悲劇的なことに俺のパソコンから書きかけの資料が全て消えていた。
全く、どこまでも迷惑な人であった。
噂によると、それからしばらくして山田まこは解雇されたらしい。ご苦労なことである。




