部長襲来
「ただいまー」
「おかえり」
今日も一日の仕事を終えて、無事帰宅。時刻は7時45分。拓哉はリビングでテレビを見ていた。
「今日の晩御飯はなんでしょう??」
質問してみる。さあ、分かるかな。
「…肉じゃが?」
「おしい!トンカツでーす」
「…どこがおしいんだよ。」
え?同じ肉料理じゃん。
「「いただきまーす」」
オオ、我ながらなかなかの出来栄えだ、今日のトンカツは。拓哉も旨そうに食べている。良かった良かった。
「あ、そういやさ。」
「?どうした?」
「カトちゃんが、あ、うちの部の顧問ね。来週のチビッコ剣道教室に来てくれませんか?って言ってたよ。」
「え?おれが?」
おれは目をパチクリさせた。
「だっておれ、確かに剣道やってたけどもう長いこと竹刀になんか触ってないし・・・。」
「来てくれるはずだった地域の人が急に来れなくなったんだってさ。今人が足りなくて困ってるんだって。無理にとは言わないけど、もし来てくれたら大変うれしいとか言ってたけど。」
拓哉はトンカツをキレイに食べた。ご飯をかっこむ。
「来週は…」
おれは手帳を取り出してパラパラ捲る。
「水曜がなんか休みになってるな…」
「おお、ぴったりじゃん。水曜日だよ、剣道教室。行ってあげれば?」
ごちそうさま、と拓哉は箸を置いた。おいしかった?と聞くと素直に頷く。
「そうだなー、行こうかな…。あ、ところでそれ拓哉たちも参加するのか?」
「うん。経験者の子は俺たちと一緒に稽古するんだ。」
「それは、おれも行っていいのかな?」
「別にいいと思う。聞いてみるけど。」
むむむ。拓哉と稽古か…。
「じゃあ行くよ。でも、カトちゃんって考えてみればおれ会ったことないんだよな。」
そう。保護者が部見学する日というのがあったにはあったのだが、都合が悪くて行けなかった。だからおれはカトちゃんに会ったことがない。
「カトちゃんってどんな先生だ?」
尋ねると、拓哉は少し考えてからこういった。
「おとーさんと真逆の人。」
へえへえ。ようく分かりましたよ。
「今日さ、すごかったんだ。」
「何が?」
「会社でさ、頭のちょっとおかしい女の子が居てね。」
「うん。」
「その子がさ、おれに好意を持ってくれたみたいなんだけど。」
「へえ?」
「昼休みに呼ばれて、無理ですって言ったら逆ギレされて。」
「ハハッ」
「終いには仕事中にオフィスまで来て暴れて。」
「凄い人だな」
「なんとか警備員の手を借りて追い出したんだけど、そっから2時間片づけだよ」
「マジ!?ウケる」
拓哉はケラケラ笑っている。その笑顔を見るだけで、こっちまで幸せな気持ちになるから不思議だ。そのとき、ピーンポーンとインターホンが鳴った。拓哉と顔を見合わせる。はて、こんな時間に誰だろう。
「はーい…」
とにかく俺は玄関へ行って、ドアを開けた。すると、そこに居たのは…。
「ぶ、部長!?」
「たゃくやくぅん、言ったでしょぉ?行くってぇ」
御察しの通り、ベロンベロンに酔っ払ってます、この人。
「ちょっとどんだけ飲んでるんですか!?てゆーかなんでおれんち知ってるんですか!?」
「つしまにぃ、教えてもらったのぉ…。」
くそ。テッツンめ。明日シメる。
「ちょっとおとーさん…ご近所中に聞こえるぜ?」
拓哉が心配そうにやってきた。たしかに。しょうがない、家に上げよう。
「あらぁ、可愛いお子さんネエ…。たゃきゅやくんにそっくりぃ」
「それはいいですから。部長、なんでこんなに酔ってるんですか。」
とにかくベロンベロンに酔ってる戸塚部長をリビングに連れて行く。拓哉はドン引きしてる。そりゃそうだ、おれはお酒を嗜まないから酔っぱらう事がない。
「だってぇ、このとしで独り身とかぁ、寂しくってぇ…」
そう言いながら抱きついてくる。それを引っぺがすおれ。
「たくやくぅん、結婚してェェ」
「無理です。」
やがて部長は力尽きた、というか爆睡し始めた。やれやれ。
「おとーさん…この人、どうするの」
拓哉がこわごわ近づいてくる。大丈夫だよ、そんなに警戒しなくても。
結局部長はそのまま留めることになった。テッツンに電話したけど、あの野郎、留守電にしてた。くそっ。
部長は襖一枚挟んだ拓哉の寝場所に寝かし、おれと拓哉は二人してリビングで眠ることになった。考えてみれば、拓哉と一緒に寝るなんて何年振りだろう。
「拓哉、怖かった?」
「そんなわけないじゃん。」
またまたぁ、強がっちゃって。
「大丈夫、あの人いつもは普通だから。」
「うん。花束くれたのってあの人?」
「そうだよ。」
「…飾ろうか?」
「…そうだな。」
その夜、机の上には瓶に生けた薔薇が誇らしげに咲いていた。