第一話『人集イ』
『キーンコーンカーンコーン』
どこの学校でも当たり前に聞こえてくる授業終了の合図。
「あ?なんだもう終わりかぁ?」
この声はウチのクラスの担任。
「起立、礼」
ガタガタ
級長の号令でそこらかしこで椅子の音がする。
んー…。やっと意識が覚醒してきた。
でもまだ起きたくない。
もう少しこの授業中の睡眠のまどろみに浸かっていたい。
「おーぃ、気が早い。まだ授業終わりだなんて言ってないぞぅ」
しぶやんの声だ。
さっきのとおりウチのクラスの担任。
渋谷冬輔だから愛称がしぶやん。
冬輔ってどうにも語呂が悪いとたまに嘆いている割と人気のある先生。
俺も結構好きだ、世話になってるし。
しかし個人的には冬輔って別に語呂悪くないような気がするんだが?
「ですが終わるのでしょう?」
これは級長。
正確に言うと副級長なんだが肝心な級長が一学期始まってそうそう引っ越してしまった。級長に決まったばっかだったのに…。
そんな訳でみんなは級長扱いしてる。
普通なら級長を決め直すんだろうけどしぶやんが面倒くさいとかいってやんない。
どうせ彼女、逢瀬みなみ(おうせみなみ)が級長になるだろうから意味がないと、副級長を決め直すだけ時間の無駄って訳だ。
どうせジャンケンでやりたくない奴を無理やり決めることになるからこっちとしても万々歳だ。
ちなみにみなみは特に愛称はない。
だいたい逢瀬さんとか呼んでる。
なんつーかクールビューティーって感じでちととっつき難いのだ。
まぁ根は面倒見がよくていいやつなんだが。
そんなだからかとっつき難いのに周りには友達が多い、もちろん女子の。
あいつと親しい男子なんて俺くらいだ。
昔からの幼なじみ…………なんてありがちなギャルゲーみたいな展開ではもちろんない。
2、3年前にたまたま俺の家の真ん前に引っ越してきたのだ。
それいらい、こんな授業中にぐっすりと………意識が、恐らく大気圏ぐらいまで旅しちゃってるような不真面目クンと、才色兼備なクールビューティー。
なにがどう転んで気があったのか結構なかよくやっている。
もちろん友達として。
よく、まぁ向かいの家だから遊びに行ったりもするし。
むこうの親とも結構親しいから区別がつくように俺はみなみと呼んでいるのだ。
「ん〜、まぁそうだがな」
また先生、発言が形無し。
「では解散していいんですね?」
「あぁ〜、まてまて」
何かあるらしい。
めんどくさがりのしぶやんが何かあるってことはそこそこ重要なことだろう。
「おいっ、起きろよ東」
小さい声で俺をまどろみの中から釣り上げようとしている奴がいる。
左隣の席。
その前に俺の名だ。
やっとでてきた、てゆーか普通は主人公が一番最初に紹介されるだろ?
危うくまた出遅れるところだった…。
俺の名前は安曇東。
我ながらややこしい名前だ。
なんて名前だ、嫌いという訳ではないが…。
さすがに名前と名字を逆に呼ばれるのはやだ。
俺は英国人か?
軽く親を恨みたくなる。
しかし俺の親はもうこの世にいない。
五年前事故で死んだ、だから今では一人暮らし。
たまに唯一の肉親の秋奈おばちゃんがくるだけだ、おばちゃんといってもまだ26歳なんだけど。
そしておばちゃんと言うと殴られる。本気で。
だから訂正しておこう、秋奈ねーちゃんに。
親はいないが金に困ることはない。
保険金と賠償金で多額の金を受け取ったからだ。
それになんかあったら超放任主義の秋奈ねーちゃんでもさすがに助けてくれるだろうと………思う…たぶん、きっと……。
しかしこのおかげで家事全般は得意になったってゆーかならざるえなかったてゆーか、そして料理の腕前はプロ級とまではいかなくともかなりの物は作れる。
もともと手先は器用なのだ。
みなみの家に行って飯を作ることも多々ある。
まぁ一人で食うより大勢で食う方がいいし。
そーいやぁ逢瀬家の女性は代々料理が苦手だとかなんだとか云う言い訳を聞いたことがある、母親とその娘から…。
そのかわり父親の方はそこそこ得意だから問題ないけど。
いや問題はあるけど…。話をもとに戻そう。
このままでは脱線しすぎて大事故に発展してしまいかねないι
「起きろって」
また俺を起こそうとする声。
睡魔という怪物から俺というヒロインを助け出そうとするお節介でちとウザい勇者、その名も瀬野羽春斗。
俺の幼なじみ。
どうせならもっと可愛い女の子の幼なじみが欲しいもんだ。
「ぅう〜ん…まだねむ〜っ……zzz」
「起きろって、おぃ…後悔するぞ?」
なんか知らんが起きないと後悔するほどのことが俺を待っているらしい。
まだ眠いのに……しょうがないから起きるとしようかなぁ…。
「………んだよぅ…ふぁぁ〜あ」
とりあえず文句をたれてあくびをしてみたりする。
「…お前…まぁいいや…ほら、前見てみろよ前」
半眼になって少しあきれぎみに俺の事を促す、前を見ろと。
とゆーわけで見てみよう。
…………………誰???
「転校生だってさ…可愛いよなぁ」
春斗が言った通り黒板の前には見知らぬ人物が立っていた。
…転校生。
確かに……すんげぇ可愛い。
カッカッカッ
「北見雫でっす!」
黒板に名前を書きそれを言う。
定番の転校生の自己紹介だ。
定番じゃないのは明るい印象をもつその娘の外見。
「かっわいぃ!」少し勇者に感謝することにしよう。
「なっ?起きてよかっただろ」
「あぁ、サンキューな」
転校生…それも美少女なんて…。
なんておいしいシチュエーションだ。
きっとこの後男子諸君等が我先にとまるで甘い物に群がる蟻のごとくこの転校生、北見とかいったかに学校の案内やら街の案内やらの立候補&演説をするんだろう。
自分が一番案内役に適していると。
まぁさすがにいくら可愛いとはいえそんなバトルに参加しようとは思わないがι
なにせ俺は面倒くさいのが大嫌いだし。
案内はしてもいいがバトルはちと加わりたくはない。
遠巻きに見ている方が面白そうだし。
そういや転校生といえば全国共通の試練、質問攻めという難関もあった。
……少し、いや結構あの転校生が可哀想に思えてきたι
「よーし、じゃぁ北見を隣にしたい男子手をあげろぅ」
一斉に手が上がる。
上げてないやつは一割くらいか…。
がめついなぁι
ちなみにウチの学校は今時珍しく男女で机の列が別れている。
それなのに何故隣が春斗かというと…。
不運な事に一番後列の人数合わせι
このクラスは男子の方がちと多い。
「よし、ならちょうどいいから春斗後ろ行けぇ、んじゃ北見は安曇の隣なぁ」
「えぇ!」
「何でだよぉ〜」
やはりブーイングの嵐が巻き起こる。
なんだ?
俺は悪質な反則でもしてレッドカードでももらったのか?
春斗はとっとと後ろに行って寝始めやがったしι
よくこんなブーイングの台風の中で寝られるもんだ。
「安曇は手を上げなかったしな、一応安全だろぅ、一応…それに席順を整頓すんのにも丁度いいからな」
さすがティーチャーだ。
まだブーブー言ってるがブーイングのスコールは小雨程度におさまってきた。
「はじめまして」
いつの間にやら隣に北見が来ていた。
「ん〜、お初ぅ」
てきとーに挨拶しとく。
「えと…北見さん、でいい?」
「雫でいいよ、あとさん付けはなし!」
「りょーかい、雫」
ここは俺も自己紹介すべきなんだろう。
「俺は安曇東、ややこしい名前だけど間違えないでくれぇ」
「うんっ!あの…えと、東…でいい?」
「ん、オッケオッケ」
なんか随分簡単に仲良くなったもんだ。
無欲の勝利だな。
「俺は瀬野羽春斗ね!よろしくっ」
寝てたと思ったら周りが静かになったらいきなりこうかよι
なんか……むかつく!
「てめ〜はぁ…寝てろ!!」
≪バキィッ≫≫!!
「ぐぅっ…………」
秘技・鉄拳制裁!!(ただ殴っただけ)
「……大丈夫ι」
雫が少し心配そうに、半ば呆れぎみにきいてきた。
「大丈夫大丈夫、たとえ大丈夫じゃぁなくてもそれはそれでよしっ!」
唯一無二の友を生贄に捧げようとしたこのへっぽこ勇者がわるい。「よしっ、それじゃ解散」
言うが早いかとっとと教室を出ていってしまった。
「相変わらずてきとーな先生だι」
俺がそうボヤいた瞬間……。
ダダダダダダダダッ!!
「北見ちゃんって呼んでいい?」
「彼氏いるの?」
「家は何処?」
「スリーサイズは?」
「バカッ!何きいてんのよ変態っ!」
「僕が学校の中案内しますよ!」
「いや俺がっ!!」
「なら私たちが街の案内して上げるぅ」
「ねーっ!」
「はっはっ、その大役は俺に任せてもらおうか!」
「お前に任せたら北見さんの貞操があぶないだろがっ!」
一気に来やがったι
試練の到来だ。
「そぅ呼んでもらっても大丈夫です、彼氏はいません、家は…ぅぅ…ぇえっとι」
混乱してるみたいだ、まぁ無理もないけどなぁ、そうこう言ってるうちに質問も増えていくしι
しょーがにぃなぁ……スゥゥ
「うっさいっっっ!!!」
シィーン………。
いきなりで驚いて静かになったようだ。
「困ってんだろうがまったく…質問責めも大概にしろよなぁ」
「そのとうりね」
南も俺に同意してくれた。
さすが級長!
「今日はもう部活とかもあるでしょ、質問は明日にでもして解散しましょ、北見さんも引っ越しの後片付けとかもあるでしょうし」
みんな何も言えない。
しょーがないかとか言いながら雫に別れをつげて散って行った。
一部の下心丸出しの男子を除いて…。
「…家なら私と東が送るからいいわよ」
はぁ!?何故いきなり俺の名が?
「俺も送りたい!なのに何で安曇と?」
「そうだ!安曇にこれ以上いい思いさせてたまるか!」
「両手に花…しかも大輪……許すか!」
「つーか何で安曇が出てくんだ?」
またもブーイングが…まぁ人数は少ないから小雨程度だがι
「北見さんの家が私の家の隣だからよ、ちなみに東の家は向かいだからね」
雫もこっちを見て、
「そうなんですか?」
えっ…初耳……ι
そぅいや斜め前の家に引っ越しのトラックが止まってたような気がするなぁι
「わかったらとっとと散りなさい」
まだブツクサ言いながら、未練たらたらに…そりゃもうたっぷり垂れ流しながらしょーがなーく散って行った。
「さて、俺達も帰るか」
「瀬野羽くん起こさなくていいの?」
「いいのいいの、帰ろ帰ろ」
あいつは残して行っても大した問題はないだろぅ。
そして3人で学校を出た。
「しかしまさか家まで近いとはなぁ…」
「びっくりですよねぇ!運命って感じがしません?」
「しないわ」ソッコー一刀両断ι
「お前はもう少し歯に衣を着せてものを言えないのかι」
「無理な注文ね」
「面白いコンビだねぇ」
雫が少し笑いながら俺に言ってきた。
「面白くねぇ…つーか何で南には敬語なのに俺にはタメ口?」
「敬語の方がいい?」
「私はタメ口の方がいいわ」
「うん!じゃぁそうするね…えと…。」
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったわね」
普通は会ってすぐするもんなんだけどなぁ……ι
二人ともどっか抜けてるι
いや俺もかな?
「私は逢瀬南、南でいいは」
「南ちゃんね、私はクラスで言ったとーり北見雫、雫でいいからね!」
「俺は…する必要ないよな」
雫にはもうしてあるし、南が知らないわけないし。
「そうね、あなた達はもうクラスにいる時にしたみたいだしね」
「うん!はぁ、東に南ちゃんか…不安だったけどいきなり二人も友達できてよかったぁぁ」
「それに近所だしな…ぉお、そうだどうせだし雫の歓迎会でもやるか?」
俺の周りでは何かあるたびにいろいろ集まって〜会を開催する、そりゃもうしょっちゅう。
みんな集まってワイワイ騒ぐのが大好きなのだ。
まぁ『みんな』というのはまだ出てきてない奴もいる訳で……また後で説明するとしよう。
「いいわね、雫さんさえ良ければだけどやりましょうか?」
なんだかんだ言っても南もみんなで集まるのが好きなのだ。
もちろん『みんな』の中には逢瀬も入っている、親も含めて…ι
「本当!是非是非やりましょう!!」
「もっちろん!俺はいつもどうり料理でも担当しようかなっと」「とりあえず場所はいつもどうり私の家でいいわね?あと材料買っておくから必要なものは後でメールでもしといて」
南が言ったとおり何かあるたびに南の家で集まることになっている。
だから家が近い俺は結構助かっている。
「あの…東が料理作るの?」
何か言いたそうな顔でこっちを見てる。
やっぱり俺が料理作るのって、しかもそこそこ上手いのって変なのかなぁι
「心配しなくても大丈夫よ、私が食べた東が作る料理で今のところ不味かったものはないから」
横目でこっちを見ながら言ってきた。
しかし今のところって…まぁ、いいかι
「へぇ〜すごいねぇ、人は見かけによらないものだねぇ!」
「よく言われるよι」
「そのとうりだものね」
何気にひどい言われようだι
「あぁ、そうだ」
「「何?」」
二人が同時に聞いてきて顔を見合わせている。
「いや、何か食べたいもんでもあるかなぁとね、あと嫌いなものも知りたいな」
「特に嫌いなものはないよ、あと辛いものは好き!」
「りょーかいっと、南はなんかある?」
「わかってるでしょ」
「まねぇ、どんなの作ろうかなぁ…」
南の好みはだいたいわかってるからいいし、雫は辛党か。
実は南は甘党だったりする。
「デザートも欲しいよなぁ…」
「いるいるぅ」
「甘いのね」
「ん〜、チョコレートも使いたいなぁ…あっ、雫の家見えたな」
それとほぼ同時と言っていいくらいに俺と南の家も見えてくる。
やっぱり近いなあ。
「雫さんメアド教えてもらえる?」
「あっ、俺も俺も」
「はい、これね」
という訳で…メアド交換完了!
クラスの男子では一番最初だな。
明日春斗に自慢してやろう!
「それじゃぁ詳しいことは後でメールするから、また明日」
「んじゃな」
「バイバイ、明日ね」
こうして新しい仲間がまたできた。
そして紡がれる物語。
誰も知らぬところで、今…舞台の幕は開かれた。
こちらの世界で……まだ何もわからない、何も知らない。
舞台の台本は全て白紙。
記すは己。
演じるも己。
書き直しのきかぬ台本。
さてこの物語の主人公は如何にして先を記すのか…。
平和は長く、困難長く。




