七話 幸運と問答無用の暴力
響いた声に、説明を中断して塔山の方に顔を向ける。いつの間にそこに居たのか、額から生えた一本角に髪に目に服まで全てが黄色の馬っぽい人が、黄色い拡声器片手に立っていた。
思わずそちらを見る目が白けたものになってしまうが、あちらはお構いなしに拡声器を口に当てて話を始める。
「本日は『Fragment of ”The World”』のオープニングイベント! 及び実は諸々の事情で変更になった仕様の説明会となりまーす!」
ちょっと待て、諸々の事情って何だ。
若い男の、微妙に頭がキンキンする声で告げられた内容に、まず心の中で一言。
「えー順番としましては説明会を先にしたいと思います! なので皆様の動きは説明中の間だけシステム的に拘束させていただきますのでご容赦ください!」
「は?」
そんな一方的な宣言に、おい、プレイヤーを拘束しないといけないようなヤバい事をやらかしたのか運営。と心の中で長文を突っ込みつつ、小さな声が出たのが二言目。
「はい、オーケーですか? ……はい、拘束完了ですね。えーとではまず、ゲーム内時間についてご説明を! 『Fragment of ”The World”』での時間倍率は、ゲーム開始当初3倍と設定してありましたが、職員の手違いで30倍となってしまいました! そのミスに気付いたのがこのイベント開始6時間前となってしまい、修正が間に合わないままとなっております。申し訳ございません!」
「ちょっと待て……っ!?」
案外さらっと言われた話に、一瞬頭が真っ白になった。その状態で思わず口から出たのが三言目。
「えー、その際運営陣も誠心誠意対策をしたのですが、他にもミスが見つかり……痛覚が現実の半分程もある事、一部マップデータがクローズドβのままであること、余裕を持っていた筈の容量がNPCの行動プログラムで食いつぶされている事が判明しております!」
大丈夫かこの運営。
思わず顔を引きつらせながら思ったのを最後に、もはやそれ以上の言葉は出なかった。
ぐだぐだ、なんていう言葉ですまされる問題ではない。一応接続料は払っていないとはいえ、これはVRMMO。意識をデータ世界に移すこのゲームのハードが病院にしか無いのは、万が一に何が起こってもすぐ対応できるようにするためだと言うのに。
「そこで皆様、今一度ご確認願いたいのですがぐばはっ!?」
突然、黄色い角付き馬人が、言葉の途中で変な叫びをあげて明後日の方向へ飛んで行った。黄色い角付き馬人、もといゲームマスターの1人が吹っ飛んで行った方向から元居た場所に目を戻すと、立派な体格で紅い毛並みの狼人が大きく息を吐いていた。身にまとうのは黒い革製の軽鎧、黄色いゲームマスターが飛んで行った方向を睨む目は金。
何であんな所にいるんだろう、と疑問に思って、私は自分の拘束が外れている事に気付いた。恐らくは何かを確認させるために外したんだろうが、はっきり言って油断以外の何物でもない。
「ど、どういう、事? 今、の……」
「し、知るかよ。何か相当ヤバいっていうのは分かったけど……」
「相当、どころじゃないわねぇ……最悪、会社がコケるかも」
ため息をつきながら首を回していると、さっきの3人が不安そうに囁き合っていた。見回せば、プレイヤーは一様に動揺している。その様子にもう一度ため息をつくと、私はワーウルフの方へ何気なく歩き出した。
「ログアウトが町の中でもできなくなってる、という不具合ならもう知っているが? 更に付け加えるならデスペナルティもその日の経験値の半分と所持品の3割から、その日の経験値の全てと所持品の8割というとても厳しい条件になっているのも確認している」
「うおぃ、お前初日にして死んでるってどこ行ったんだよ」
野性味が溢れすぎる容姿の割に格式ばったような丁寧さで話す紅いワーウルフ。その背後から、背中に鳥の翼、顔は猛禽、口は嘴、しかしその全てが空色の鳥人が声をかけた。身につけているのが動きやすさ最優先の服にしか見えない防具であることもあって、ぱっと見は細身に見える。その左手に、地面に切っ先がつきそうなくらい大きくごつい両刃剣を持っていなければ。
その2人を見て内心でだけで、おいおい早くも戦略級の2人がお怒りだよ? と呆れてみる。が、ふとその視界の隅に不吉な姿を見た気がして、慌てて周りを見回した。
「ひ、ひどいですぅ~……」
予想通り聞こえてきた、泣きべそかいた男の子の声に慌てて走り出す。紅いワーウルフと空色のハーピィがぎょっとして上空を見上げたのを確認して、アイテムボックスから装備を引っ張り出すと同時、地面を蹴って空へ飛びだした。
ある程度の高さまで一気に飛びあがって、舞い落ちて来る虹の光沢を持つ白い羽に触れそうな位置で急停止。ちらっとだけ後ろを振り向いて初心者の集団が動いていない事を確認して、町の入り口でも使った八方形の大盾、『八方守護陣盾』をつきだすように構えた。
「ちゃんとっ、説明してくださぁ~い!!」
「大盾防御型アーツ其の一、『ブロック』っ!」
アーツの発動とほとんど同時、泣き怒りのような声と一緒に、シャレにならない規模で光が爆発した。所構わず飛び散ろうとするそれを、構えた大盾を中心に展開した見えない壁で防ぎきる。
ガガガギギギギ! とマシンガンでも撃たれているかのような派手な音が響き、その衝撃で徐々に地上の方へ押し込まれる。それでも知り合い達の事をある意味で信じて耐えていると、半ば予想通り、スパコーン! という軽い音がそのさなかに響いた。
聞き覚えのある音に一息ついて、構えを解いてアーツを解除。滞空したまま大盾を足元に向けて元凶の方を見ると、金髪碧眼に真っ白い羽の少年を、黄色と黒のトラ縞猫獣人が叩き落としている所だった。
さっきの軽い音は、トラ縞ケットシーが真っ白羽少年の頭をはたいた音らしかった。その事実をしっかり確認して、どしゃ、と地面に落ちた少年を追うように地面に降りる。
「ほんっまゴメンナサイ! この泣き虫がゴメイワクなことしたせいで!」
その場所は、ちょうどどこかおかしい口調で謝り倒しているトラ縞ケットシーと、初心者集団の間だった。装備の重量のせいで、ダンッ! と勢いのある着地になったのは仕方ない。私は何か言われる前に先手を打つ事にして、トラ縞ケットシーの方へしっかり構えたまま、ハンドルのような形の持ち手をしっかり持って、大盾本体に右足をかけた。
「……ん? もしかしてこのごっつ過ぎる盾は、ふ」
あくまで何か言われる前に先手を打つ事が目的なので、言葉を途中でぶった切る形で、大盾にかけた右足を蹴りだした。それに合わせて持ち手を手前に引っ張る。
ガコ、という音の直後、ジャギィン! という音がして、八方形の大盾が、その周囲に鋭い棘を無数に生やした凶悪な姿へと変わった。当然ながら地面に向いた方向にも生えているので、大盾はがっしり固定された状態になる。
私はあえてジャンプで大盾の上に着地すると、並んだ棘のこっちから、沈黙した向こうを見下ろす姿勢で姿を現した。
「いやー、別にゲームマスター蹴り飛ばすのはむしろ参加させやがれって感じだから別にいいけどもー。とりあえずそこのバカに、こーんなに初心者が居る所で範囲魔法ぶちかましてんじゃねーよ、って言ってもらえないかなー?」
紅空トラ白、いつの間に引きずってきたのか黄色を交えた集団に、その中で最小である筈の私は、何気に相当怒ってますの声で上からそう尋ねてみた。
ゲームマスターが微妙な姿なのは仕様です。