四話 幸運とエンカウント
結論から言うと、ギルドの倉庫には向こう1年は放置しても大丈夫な程の資源が貯蓄されてあった。
その量に呆然とする事数秒。私は静かに倉庫の扉を閉じて城の階段を上り、城の中で最も高い中央の尖塔の最上階へ。
そこに安置してある白い石の台座で、自身と同じくらいありそうな巨大な本を抱えて爆睡中だった長い金髪の……少年? に小さな声で「お久しぶりです」と声をかけて速攻で撤退。
そのまま隣の、唯一天井部分が平らになっている尖塔と城の裏手に行って、元・栽培農園だった場所から草花系の素材を一通り採取。
隠し部屋である地下室にある階段から、空中庭園の基部にもぐって要塞のコア(浮遊する為の物と全方位防壁を展開する物とその他兵器のエネルギー源の3つ)の状態を確認。
最後にもう一度倉庫に寄って、山のように放り込まれていた装備やアイテムの中から自分で放り込んだものを探し当て、チュートリアルで学んだ通りにウィンドウを開いて整理をして、準備完了。
「んでは、改めて出発するとしますか」
装備に不備が無い事を確かめて、アイテム欄から1つのアイテムを取り出した。丸めた羊皮紙のような茶色っぽい紙を広げて掲げ、呪文を唱える。
「――スクロールLv2『飛行』」
一瞬光って消える紙。引き換えに足元から風が巻き起こって、私はあっという間に空へ飛び出した。半分勝手に背中の翼が広がって風をつかみ、一気に速度が上がる。
ファンタジーでは一般的な、スクロールというアイテムを使っての魔法。……驚いた事に『Free to There』では、火属性魔法なんかの各属性魔法系統、回復魔法なんかの支援魔法系統なんかに混じって『アイテム使用魔法系統』として確立していたりする。
系統と言うのは、一度学ぶとそれ以外の系統の魔法は使えず、別の系統の魔法を使おうと思ったら今のを完全に忘れて学び直さなければいけない、というシステムの事。
系統は魔法に限らず、武器の種類や前衛後衛の戦い方の差、生産系技能まで多岐にわたっていて、例えばメイン武器:系統A+魔法:系統B+補助技能:系統C+生産技能:系統Dと、最大4つ組み合わせて育成方針とする。当然ながら被ると言う事は滅多に無かった。
しかもどれもこれもご丁寧に非常に分かりやすい『弱点』が設定してあって、1人でカバーしきるのはほぼ不可能。嫌がおうにも他プレイヤーと協力しないとやってられないシステムになっている。
なお、3周年で終わりを迎えた『Free to There』だが、ほとんど全てのプレイヤーの情報を統合しても、系統の派生図はついに完成しなかったらしい。「まだまだ発生条件不明な系統があるまま終わるなんてllorzll」「つかこれ絶対コンプ無理だろ」とかいう超やり込み派暇人プレイヤー達の書き込みがゲームの掲示板に殺到したのは記憶に新しい。
閑話休題。
そんな訳で、人生初の飛行にテンションは上がりっぱなし。しばらく練習して思った通り飛べるようになってからは空中宙返りなんかしてみたりして、思う存分空の旅を堪能しながら進む事約1時間。ちょうど背面飛行に挑戦していた私は、進行方向に雲を突き抜けるほど高い一つの山を見つけて姿勢を元に戻した。
『Fragment of "The World"』の地理が『Free to There』と同じであれば、目の前にそびえるこの大陸の最高峰、エリブルース塔山のふもとに『始まりの町』はあるはずだ。ちなみに塔山は全ての大陸の中央にそびえる恐ろしく高く険しい山で、結局最後の最後まで、どの塔山も誰一人として登頂する事は出来なかった。
最後の一週間で、生き残っていたほぼ全てのプレイヤーによって組まれた超巨大パーティによる登山、それすらも返り討ちにされた時の報告書、そこに書かれていた難易度の滅茶苦茶さを思い出して、知らず苦笑が零れる。やがて建物の群れと、それを取り囲むような石造りの壁を見つけて、私はスピードを落として降下に入った。着地地点を探して地上を見回してみる。
「……んん?」
そんな私の視界に、複数の狼っぽい獣に追っかけられている幌馬車が入った。草が生えてないだけの道を、土煙を派手に上げながら爆走中。思わず滞空しながら眺めていると、幌馬車から誰かが転げ落ちるように飛び出した。着地に失敗しつつも、きらりと光を反射する武器っぽい物を獣に向けて、走り去る幌馬車を守るように立ちふさがる。
使い古された感もある状況を上空から眺め、私はため息と共に一言呟いた。
「……どー考えてもイベントフラグですありがとうございました」
実はこの手のイベントは『Free to There』においてかなりの確率で遭遇する。結構厳しい条件が多い割に報酬が無い事も少なくないのであまり人気は無いのだが、無視すればやたらめったら重いペナルティが課せられる為に、ある種の災害、または不幸として認定されていたイベントクエストの一種だ。
ここまでの状況から考えて、『Fragment of "The World"』でもこの手のイベントは無視すれば手痛い目にあうだろう。流石に『始まりの町』周辺のイベントで報酬0という確率は低いだろうし、一般人的な感覚として助けられるのに放っておくと言うのは少々以上に胸が痛む。
「ま、ポーションの1つや町の案内があれば上々ってことで」
装備が戦闘用になっているのを確認してそう呟いて、私は眼下へ急降下する体勢に入った。
飛ぶのはすごく楽しいらしいです。