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二十五話 幸運と進む戦争準備

 とりあえず私は落ち着きなく騒がしいNPC達の間をダッシュですり抜け……ようとしてあまりの人口密度に断念した。通り沿いの建物の屋根をダッシュジャンプで中央まで走り抜け、ダガン! と少々石畳でたてるには物騒な音を立てて着地する。

 即座にアイテムボックスから一つのスクロールを取り出して、広場の中央で掲げて発動。


「スクロールLv5『遠吠え山彦サーチング・パーソナリィ』!」


 掲げたスクロールが乾いた音を立てて弾けた。特に他のエフェクトが出たりするわけではなく消えたスクロールには目もくれず、自分の目の前で広げっぱなしだったウィンドウを睨むように見る。

 3秒たって新しく開いたウィンドウに、ずらりと並ぶアルファベット。この『始まりの町』にいるすべてのプレイヤーの名前であるそれらは軽くタッチすることで簡単なステータスが表示される、どう考えても色々な権利を侵害しているものだが、今は構わず最大速度ですべての名前をチェックしていく。

 探しているのはディーグ達とは違うタイプの化け物。ほかの普通の人外たちはとっくにここじゃない遠くの町に行ってしまっているだろうが、あいつならその人外認定された理由が理由だけにとどまっているだろう、と思って探しているわけなのだけど……


「いた!」


 名前は違うものの、ステータスの数字的にどう考えても初心者じゃないやつを発見。名前の意味的にもこいつで間違いない、筈。

 その名前を確認して、その場で新たなスクロール作成を実行。空中に浮くスクロールに文字を書くのは実は大変なのだがとりあえず不便さを無視して必要工程を終え、一般的なスクロールではない(・・・・)それを即座に使用する。


「スクロールLv7『囁き風(チャットライン)』。対象、Forscher」


 確か前にうるさく講釈していた記憶によれば、これはドイツ語で『研究者』という意味のはず。わざわざそんな手間をかけてまで自己主張したい奴なんて限られているだろう。たとえば、昔からの知り合いの――


『どうした、珍しいな貴様から連絡を取ろうと思うなど』

「うっさいー。とりあえず今どこにいんのよー?」

『まぁそんなことは置いておいてだ、素晴らしいなこの世界は。まるでという形容詞すらも、』

「だからうっさいって言ってるー。とっとと居場所はきやがれマッド野郎ー」

『ふ、人の話は聞くものだぞ? ついでに教えてやるがそもそもVRというのは、』

「あんなこそこっちの話聞けってのー! 居場所はどこだって聞いてるんだけどー!?」


 ――人の話を一切全く聞きやしない、この超マッドで研究者気質な変人とか。

 頭の中で、とはいえ会話をするだけでイラつく辺り全く変わっていない。まあ今回に限っては変わられていても困るわけだが。それにしたって、本当に社会適合できているんだろうか、この変態は。


『だから落ち着けと言っているだろう。そうだ、そんな貴様にいいことを教えて、』

「わかったもういい、今から飛行系モンスターの群れ叩き落とすつもりだったけどあんたはその中に入れてやらないー」

『西門から入って南側の道を2分もいった路地に錬金術師が使っていたらしい廃屋があってな。そこでくつろぎつつ色々と合成を試しているところだ。屋根を黄色に変えてあるからすぐ分かるだろう』


 ……ま、ぶっ飛んでいる分方向性を把握している私としては制御しやすかったりもするんだけども。

 とりあえず居場所を吐かせたところで翼で空気をたたいて空へと舞いあがる。ついでに街の周囲をぐるりと見回してみるが、幸いにというか、まだ空を埋め尽くす影は見えていない。けど、鳴り響く警鐘は止まっていないから、猶予はきっとそうない。

 警鐘を鳴らしているNPCのところまで行けば具体的なリミットがわかるのだが、その確認の時間も惜しい。過去の大襲撃クエストの経験上、どうせどんなに長くても30分あるかどうかといったところだろう。

 西門の近くで言われた通りの鮮やかすぎて毒々しい蛍光イエローの屋根はすぐ見つかり、くるりを一周してから鈴のついているドアの前に着地した。


「ほら災厄者(ハザーダー)、自慢の発明品の使い時だよー、出ておいでー」

「ふ、そう懐かしい名前を呼んでくれるな。思わず本気で殺意が湧いてしまうではないか」

「あぁ、お気に入りは存在害悪の作り手だったっけー?」

「はっはっは。そろそろこの町を吹き飛ばせそうだ」


 呼びかければにこにこと人のよさそうなお兄さんが、非常に物騒なセリフと共に白衣を翻して家から出てきた。彼こそが探し人であるForscherとかいて……多分フォスカーと読むハイエルフである。

 細身で長身、小さな丸メガネをかけ、淡い金色の長い髪を上のほうで一つにまとめた姿は嫌になるほど様になっているが、細い切れ長な藍色の目に宿ったちょっと常識を逸した光がこの人物の全てを体現している。

 ディーグ達が“力”に特化しているとするなら、目の前のこいつは“知”に特化しているというべきだ。殴り合いでなら私でも勝てるだろうが、本領を発揮した際の状況からして、敵に回すのはさすがに空恐ろしい。


「ま、冗談は置いといてだねー、結構本気でこの町がやばい事になってんのよー」

「ふむ、一応現状は把握しているがな。協力するメリットが特に見当たらないぞ? 貴様は何を対価に差し出す?」


 腰に手を当ててため息をつきながら素直なところを吐き出してみれば、腕を組んで本気で怪訝な顔をするフォスカー。こいつは前からずっとこうなのだ。何をしてくれとか協力しろとかいうたびに「対価」だの「メリット」だのを要求してくる。

 それでもってこいつのいうところの「メリット」はたいていの場合周囲に甚大な被害をもたらすから満たす訳にはいかないとして、私がかなえてやるのはほとんどが「対価」の方。どうせいつもの事なので即興で考えた作戦にはすでに織り込み済みだ。


「そうだね、じゃあ対価のほうで、例えばこんなのはいかがかなー?」


 にやりと笑って、作戦のポイントと、そこでのフォスカーの役割を説明していく。相手の規模もこちらの正確な戦力もいまいち不明なためかなりアドリブが必要になるが、初期位置と与える指針さえ間違わなければ500%の仕事をしてくれるのがこのフォスカーという人物だ。

 用法と容量を少しでもしくじればすべてを台無しにして余りあるが、きっちり間違いなくほしいものを与えてやればとんでもない効果を発揮する。……つまりこのフォスカーという奴は、とびっきりの劇薬なのだ。


(普段ならこんな大博打はしないけど、今は何もかもが足りないから仕方ないー。……大丈夫、私はLuck、幸運を体現する者なんだからー)


 説明が終わり、不敵な笑みは崩さずに心の中で呟く。フォスカーは顎に左手をやって考え込んでいるようだ。その間も視線は私へ固定しているので、居心地悪いことこの上ない。が、それをちょっとでも出すと足元を見られてしまうので、少なくとも表面上は余裕で受け流した。

 数秒が過ぎ、数十秒が過ぎ、そして1分に差し掛かろうとして、


「そっか、やる気がないなら作戦練り直して役目失くしとくからー、またねー」

「貴様に『全てを台無しにしない程度に全力を出す』という素晴らしい神業を久しぶりに見せてやることにしよう。うまくいけば同胞を増やすことにつながるかもしれんしな」


 フォスカーがこのある意味にらめっこな状況を楽しんでいることに気づいて背を向けた。その瞬間にかかるどこまでも上目線な声。内心で盛大にあきれつつ、それでも振り返らず肩越しに手を振って声だけを放り投げる。


「じゃあ予定通りにー。私はこれから次善の策を打ちに新米さんたちのとこへ行ってるから、そのほかの説得任せたよー」

「ふ、貴様、誰にものを言っていると思っているのだ。不沈艦に乗ったつもりで安心しているがいい」


 今度こそ元の調子になった無駄に自信あふれる声を背に、私は再び夜空へと舞いあがった。同時にメニューを開いてフレンド一覧へ移動し、素早くメールを打つ。1人にとどまらず次々と名前を移動しては同じ内容を、コピペする時間ももどかしく指のスピードだけで複製した。

 最後にメールをすべてまとめてチェックして、誤字脱字がないか確認する。それが終わって、一斉送信のボタンに触れながら、私は『始まりの町』の上空で呟いた。


「さあって、時間と敵との戦争の時間だよー、っと」

 また新しい人が出てきました。

 ……超マッド、話が通じるようで通じない、そんな変人です。

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