二十二話 幸運と不安を塗りつぶす存在
結論。ディーグ達は、その日の内(日付変更線間際ではあったけど)に、返事を携えて直接やって来た。
「……いきなり呼び出すにしてももう少し言い方というものが無かったのか」
「へー、ほー、なるほどー? ディーグは穏便に普通に呼び出されても素直に応じるほど暇な時間を過ごしてたって訳だー? いやー、だったらごめんねー。いつものパターンで考えてたからー。……ん? どしたのディーグ、そんな微妙な顔で肩落としてさー」
「いやぁ……クーちゃん、そろそろ本当に、こう、傷口に塩を塗り込めるというか、唐辛子を振りかけるというか、容赦ない追い打ちはやめてくれないかなぁ」
「なんのことー? 私は事実を言って謝ってるだけだよー? こんな夜中に部屋の中に転移で現れたのにも関わらずちゃんと着地させてあげたしー、初心者の前だからって訳じゃないけどー、今は前からすれば考えられないほどに温厚な状態だよー?」
「………………本当に、ダンジョンにいた血まみれの状態のまま転移してきた事は謝る……」
……まぁ、ここまでの会話で、この戦闘狂がどういう現れ方をしてくれやがったのかは伝わると思う。そんな訳で言葉攻めにしている訳だが、
「ディーグ、ディーグ。私はさ、謝る相手が違うと思うんだよね」
にっこり。と笑顔になって、私はそう言い、
「ここの部屋を取って泊まろうとしてたのは、だぁれ?」
かなりの身長差の為、下から見上げる形で、そう聞いた。
……ディーグの顔が、紅い毛並みの狼のそれにもかかわらず面白いぐらいに青くなった。全く、こんなに可愛いしぐさの可愛い生き物を捕まえておいて、何でそんな死刑宣告をする死神に出会ったみたいな顔をするかな。
横を盗み見ればトーレが狭い部屋の中にも関わらず距離を取ろうとしているし……ちょっと待てリーベ、泡吹いて気絶するなんて失礼な。ちっくしょー、普通に苦笑してるのはライさんだけってどういうこと。
「……ま、悪ふざけはこの辺にしておいてー……。どーだったー?」
話が進みそうにないので、にっこり笑顔をため息で消して聞く。ディーグの方も何故か深々とため息をついてトーレの方を振り返った。
あー、ちなみに最初は血まみれあーんど何かの粘液まみれで酷い格好だった4人だけど、私が素早く着地地点に『八方守護陣盾』を置いて足場にし、窓を開け放ち、スクロール重ね撃ちLv3『水流球』『焦げ風』『身清め』で問答無用にきれいしたので、室内に被害は無い。
余談だが、上記の組み合わせは本日のダンジョン行軍中に見つけた物だ。流石に、リアルな感覚で死体が湧きだす墓場のど真ん中を進もうと思うとこういうのが必要になったんだよ……。
「んー、結論から言えば、僕らは全員、一番通った回数の多い主神の祭壇のある場所に出現したのは確実だねぇ。ログアウトも可能だったし、念のために塔山で加護を受け取った初心者に話を聞いたらログアウトは普通にできるみたいだったよぉ」
この4人で頭脳系担当のトーレが答える。……なるなる、やっぱし加護が必要だった訳だ……
ぽしぽしと左手で頭をかいてから、きょとんとしているフェーネ達の方を振り返って軽く聞いてみる。
「つー訳だから、明日にでも塔山に登って取ってこないとねー。なんだったら付き合うけどどーするー?」
塔山に上る事自体はさほど問題ではない。確かにこの3人だけでいったら相当きつい事になるだろうが、チュートリアルで到達できる地点なんて(チュートリアル中の行軍は人間補正がかかっていたとしても)私なら余裕だろう。なんだったらディーグ達も引っ張りこめばいいのだし。
そんな感じで軽く考えていた私。フェーネ達が顔を見合わせて相談しているのを眺めながらウィンドウを開いてアイテムを使う順番に整理して、登山計画をそれなりに練りながら返事を待った。
「ん?」
その時、ウィンドウの隅で明滅する赤い光。
遂行中のクエストが並ぶ筈の欄に浮かぶその光は確か――――
ゴォオオオオオオオオオォォォォァァァァァァァァァ…………!!
遠く、しかし、関係ないと言い切れる程の距離は無く、銅鑼のように響き渡る、低く濁った獣の咆哮。
『始まりの町』全体を揺るがし、それ単体で全てを薙ぎ払ってしまいそうな咆哮に竦みあがるフェーネ達、怪訝な顔を咆哮の聞こえた方に向けるディーグ達。その両方を確かめて、私は赤い光、つまり緊急強制と冠詞が付く非常時クエストが受注された事を示す、クエスト画面を開いた。
ざっと全体の内容に目を通して、おいおい、と思いつつ軽くため息。そのまま顔は上げず、その場にいた全員に大規模襲撃クエストを口にした。
「【『始まりの町』防衛戦線】を受注しました。襲撃モンスターはボスモンスター(マウンテン級)1とそれに率いられたモンスター多数。達成条件はモンスター群の殲滅、もしくは夜明けまで町の防衛に成功する事。失敗条件は3割以上の町の施設の破壊、もしくは塔山への門の破壊、もしくは5割以上の住民の死亡――――だ、そうだけどもー?」
ログアウトに関する不安、運営に関する不安、そういうものを吹き飛ばすか塗り潰すかのように、その災厄は振りかかって来たのだった。
非常事態発生。
マウンテン級とは、文字通り山のように大きい、という意味です。