十四話 幸運と現れたモノ
「ふぅ……やっと向こうが見えてきたかー。ったく、どの辺に来たか分からないってのも問題よねー」
また1つ湧いてきたモンスターの群れを殲滅し、私は『マルチキラー』を一度肩に担いで息をついた。視線の先では、木々の向こうにずいぶん明るい光が見えている。
そう。この広大な森を半分まで突破すれば魔法で帰れる、と思っていたのだが、残念なことにその半分の距離の場所が分からなかったのだ。仕方なしに突破を続行。さすがにしんどいので魔法遊撃隊にも手伝ってもらって、どうにかこうにか現在地点まで来た、という訳だ。
「にしてもさー、リグル。さすがにコレはエンカウントし過ぎだと思うんだけどー、その辺どう思うー?」
「へ? ……そういえば、そうですか。大盾守護隊と共に護衛で通った時はここまでの事はありませんでしたし」
「だよねー」
少し上空から全体を見回し、指揮をとっていたリグルが私の声に反応して振り向いた。私が普通めに同意で答えると、すぐ別の方向を向いて指示を飛ばす。
その羽のある小さな背中を見ながら、私はアイテムボックスから体力回復ポーションを取り出して疲れのまま言う。
「いやーホント、この森は随分と厄介になったもんねー」
左手だけで小瓶のふたを開け、ひょいと右手をリグルの背中に伸ばす。がしっ、と指先に力を込めて掴んだものを、そのまま力任せに引っこ抜いた。すかさず左手のポーションをぶっかける。
「痛ぁー―――!?」
「うっさいー」
「痛い痛い痛い! 何したんですかラックさ」
「クーでいいー。後様付け禁止ー」
ギャンギャンとうるさいリグルに、その背中、羽の付け根の所にくっついていたものを突き付けた。
「…………あの、えっと……それは?」
「見たまんま、寄生虫だよー。宿主の精神力を吸い上げながら、周囲のモンスターを引き寄せるフェロモンをばらまく、ねー」
「………………いつから付いてたんですかそれ?」
「気付いたのは魔法遊撃隊が参加しだしてちょっとしたぐらいだったけどー、あの襲撃密度から考えて、私が森に入っていくらもしない内についてたんだと思うよー?」
突入後、普通に警戒していられたのは5分ほど。ちょうど私の後方をついてきていた魔法遊撃隊が森に入って3分くらいだろう。リグルはハイレベルのパッシブスキル『MP自然回復』を持っているから、減少している事に気付かなかったのかもしれない。
面白いぐらい石化しているリグルに、私はその蚊とゲジゲジを足してピンボール大にしたような黒い寄生虫を、ぺい、と放り渡してみた。途端に再起動したリグルは高速で詠唱を開始、反応を予想して咄嗟にしゃがみこんだ私の頭上を、バスケットボールほどもある火の玉がすっ飛んで行った。
……あ、たまたま射線上に居た隊員が直撃食らってる。うーわ痛そう。今の、基本魔法の筈なのに、やっぱりリグルが使うとシャレになんないなー。
「まぁ、ああいうのが居るっていうのは分かったから、今度から気をつけようかー」
寄生虫を消し炭以下にしてもまだバタバタと背中をたたいたり周囲をキョロキョロしているリグルは放っておく事にして、私は明りが見えてきた方へと足を進めた。その先は予想とたがわず森の外で、その向こうに、懐かしさを感じる高い城壁が――
「……見えると思ったら、何か邪魔なのがいて見えないしー……」
代わりに見えたのは、なんだか暗い苔色の壁みたいな何かだった。見上げてみると、上の方は何だか丸い。半球形の何かがいるのは分かったが、一体これは何なのやら。
とりあえず『マルチキラー』の槍の部分で突いてみようとしたところで、パニックから回復したらしいリグルが追いついてきた。足音からしてその他魔法遊撃隊の隊員も追いついたようだ。……敵の数が増えるだけで案外手こずるもんだね。まぁ、前線を支える盾役がいないから集中力要るけどさ。
まぁともかく、一度は冷静になって森から出てきたリグルだったが、目の前にそびえる (?)暗い苔色の壁っぽい何かを見た途端、文字通り顔色を変えて叫んだ。
「……ウリアムーチ? 何でこんな奴がここに!」
「あー、何か見た事あると思ったら、苔山かー」
「呑気に言ってる場合ですかっ!?」
そういえば居た。一定期間ごとに起こる町襲撃イベント限定の、超巨大モンスターの中にああいうのが。前は画面越しに全体を見回せてたから、足元から自分目線で見たら分からなかったという訳だ。
まぁ正体が分かればどうという事は無い。こいつは超巨大モンスターの中で言えばわりと下の方だし、倒せばかなりのうま味があると言う事で、町が経済的にピンチになった時はおびき寄せた事もあるほどだ。
「リグル、今すぐ魔法遊撃隊を連れて転移で町の中へ行ってー。んでもって私が帰ってきててー、外からコイツを切り崩しにかかるから町をしっかり守る事、って伝言お願いねー」
「え、えぇぇ? 本気で言って――ますねハイ」
顔を見ただけで納得してくれると話が早い。「分かりましたよ分かってましたよ」とぶつぶつ言いながらもリグルは隊員をまとめ、少し離れた所に移動していった。
それを気配だけ見送りながら、私はアイテムボックスを開いて手持ちのスクロールを確認。
「んー、一応は苔山相手だし、随分使ってない気がするし、調子も確かめておきたいし、久し振りの帰郷って事でそれなりに格好はつけてみたいし……奮発していきますかー」
そんな事を言ってみたりしながら取り出したスクロールの数は4枚。間違いが無いかもう一回確認して、『マルチキラー』を右手に4枚のスクロールを左手に、苔山ことウリアムーチに向き直った。
「とくとご覧、これぞ『アイテム使用系統魔法』の真骨頂!」
自分の気分を盛り上げるためにわざと芝居がかった調子で前置きをして、左手のスクロールを扇のように広げて持ち、私は呪文を口にした。
「スクロール重ね撃ちLv2、『吸収』『付加』『炎球』『延焼』っ!」
色々無茶苦茶です。