十三・五話 黒き翼が待ち続けるもの
「魔法遊撃隊が、森の向こうで帰ってこれなくなったんですか?」
「もう強制帰還した医務室の大盾守護隊に確認済。今度もまたリグルの照準ミスが致命傷」
「ま、またですか、リグルさん……」
報告を受けて、うーん、と頭を抱える人物が1人。報告した方もため息をついて、やれやれと呟いた。
「この肝心な時にアレの手綱を取れるあいつは行方不明。……それ以前に問題を起こしているのはアレ以外にも多数」
「連絡も取れないですし……。よっぽどの秘境か、もしかしたら『眠り』についているのかも知れない、ですけど」
ばさっと取り出したのは多数の被害報告書。ドサリ、と仕事机に積み上がった新たな紙の山に、うぅ、と情けない声が零れた。が、それを積み上げた方は眼光鋭く睨み返すだけで何を言うでもなく。はぁ、と小さくため息を零して、紙の山に受け手の手が伸ばされる。
が、ドン、という鈍い音が響くと同時、紙の山はわずかに崩れて届かなかった。だが手の主がそれを追いかける事は無く、既に身軽な動きで部屋の外へ飛び出している。沈みかけた日の光に照らされた黒い長髪が名残りのように扉の向こうでなびくと、もう足音は遠くまでいってしまっていた。
「相変わらず有事の際には真っ先に先陣へ突貫……。全く分かってない、あいつが整えた過剰なほどの戦力の本当の意味。それと、現在この町の最高戦力は誰か」
ため息をつくのは残された1人。彼は、ブラウンのショートストレートとその上にピンと立っている犬耳を振り、ダークグレーの目に呆れの色を浮かべて、開け放たれたままの扉を見送った。
燕尾服を着こなす身長は160程とやや小柄、体格も全体にすらりと細く、腰でくるりと丸まっているブラウンでふわふわの尻尾を合わせるとメイド服の方が似合いそうな美少年である。
彼はとりあえず机上の紙の山を整えると、部屋から出て扉を閉めた。廊下ですれ違った鎧姿の兵士に一言二言何かを言って、さっき飛び出した姿を追って走り出した。
「……それにしても、本当に一体あいつは何処? こんなに長い間町もマスターも放置していくのは前代未聞。まさか、また何か遥かに大変な事に巻き込まれて奮戦中?」
そんな事を、ほとんど風のような速さで駆けながら呟く彼の名はグラキア・リボラス。立場も実力もこの町の次点最高権力者で、この町の主に仕事をさせたりフォローしたり、他の町と交渉する事がメインの仕事となっている。
そしてもちろん、部屋を飛び出したのは黒髪黒目、黒翼黒尾と黒づくめの半竜少女fortuna、通称フォー。自身の黒と対比しているような真っ白いドレスアーマーに身を包んだ身長145㎝の彼女は目を閉じていても歩ける城内をあっという間に飛びだし、先程の音の原因――町の周囲を囲む、高い石の防壁へと到着していた。
だん! と石畳の地面を蹴ると同時に翼を広げ、フォーは一息に城壁の上まで飛び上がる。そのまま城壁の上を走って元凶を見つけると、アイテムボックスから巨大な円形の盾を取り出して飛び降りた。
「重量級汎用アーツ其の五、『アースクラッシュ』!」
なお当然ながら姉と同様に、フォーはどれほど細く可憐に見えても生粋のパワーファイターである。やはりこちらも当然ながら、覚えているスキルやアーツも全く同じ。当然ながら、最低でも同じだけの威力は出る訳で。
「っちょ、マスター待ってオレらまだ下がりきれてねーんですけどー!?」
「グーは何やってんだぁあああああ!!」
落下地点でクリティカルヒットが出たモンスター以外にも、被害が出る事多数。防御に当たっていた部隊の隊員から悲鳴が上がる。その中には病み上がりの大盾守護隊も何人か混ざっていて、彼らは「またか!!」という感じで前方へと弾き飛ばされていた。ちなみに、悲鳴に混じる『グー』というのは、お目付役のグラキアの事である。
その悲鳴を聞いて、やっとフォーは自分が作り出した惨状に気付いた。
「あぁっ! ご、ごめんなさいっ!」
「そう思うんならせめて大盾守護隊の奴らだけでも拾ってやってくださいっ!」
「あいつら今回だけで背後から吹っ飛ばされるの2回目ですよ!?」
「いやっ、むしろフォーさんはそのまま防御しててください回収はこっちでやりますから!!」
次々言われる言葉にあわあわと慌てながらも、フォーは最後の言葉の通り、森から飛び出してくるモンスター群に対する防御に専念する事にした。
ひとまずこの町最強の立ち位置が決まったことで、陣形を組み直す部隊の面々。その動きを後ろにモンスターを前に、フォーは小さくこう呟いた。
「おねーちゃん、一体、いつになったら帰って来てくれるんですか……?」
クーことLuckが帰ってくるほんのちょっと前の話。